言葉の護身術ーモヤる言葉、ヤバイ人から心を守るー➁ | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

こんばんわひらめき

 

 

 

 

お隣さんの外壁が毎朝の楽しみです。

「恐竜ひょうたん」とかいうものらしい。

点滴を入れるのに血管が細くて

CVポートというものを埋め込んでいるわたしとしては、

うらやましすぎる血管に見えますの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のつづきです。

 

 

 

 

ベル「私は差別なんてしません!」

「私は同性愛に偏見がないから、ゲイの男性と友だちになりたい」

という発言はモヤる。

この言葉を当事者が聞いたら、

「あなただから」友だちになりたいのではなく「ゲイだから」と受け取るからだ。

発言に悪気はないとしても、

むしろ無意識の偏見や差別意識に鈍感なのではと感じる。

「僕は女性差別なんてしません、女性の方が優秀ですごい、

男はかないませんよ」

と持ち上げることも同じである。

 

 

特権を持つ人には、弱い立場の人やマイノリティの存在が見えない。

だから、「自己責任だ」「本人の努力が足りない」と主張して、

社会構造を変えようとしない。

日本は同質性の高い社会だから特に、

マジョリティは自分がマジョリティだと自覚できない。

 

 

誰にでも間違いはある。

だから、自分の間違いを認めて反省すること、

人の意見を真摯に受け止める姿勢が大事だ。

自分の持つ特権を意識して、社会を少しでもマシにしていこう。

 

 

 

 

ベル「許し」の強要

ひどいことをされて傷ついている人に対して

「もう許してあげたら?」と言う人がいる。

しかし「許せないことに一番苦しんでいるのは本人」である。

そんな被害者に向って許すことを強要するのは、

立派な二次加害である。

 

 

「(大したことじゃないんだから)もう許してあげたら」と言う人は、

勝手に被害を軽視している。

被害者は「許せない自分はダメなんだ」と自分自身を責めることになる。

「相手にも事情があった」

「私だったら気にしない」

「怒っても解決しない」といった言葉も

すべて被害者を追いつめ、被害者の声を封じてしまう。

 

 

骨折したのに無理に歩こうとすると、

傷は治らないどころか悪化する。

心の傷も同じだ。

心の回復に必要なのは、怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみ、

絶望といった感情を吐き出して、それを他人に理解してもらうことである。

 

 

著者自身も毒親由来のトラウマを抱えていたが、

何度も毒親について書いたり話したりして、

今では「どうでもええわ」という気分になるほど

相手の存在が小さくなった。

許そうと思って許すのではなく、「真の許し」は向こうからやってくるのだ。

 

 

「自分を傷つけた相手を許せないのは当然だし、許さなくていい。

心は不可侵領域で、相手をどんな方法で殺そうが自由なのだ」と、

著者はいつもコラムで書いている。

 

 

すると、その言葉に救われたという感想がよくくるそうだ。

それだけ多くの人が「許すのが正しい」というプレッシャーと闘っている。

 

 

いま怒りや苦しみを抱えている人でも、

いつかかならず傷が癒える日が来る。

だから、どうかそれまで踏ん張って欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤバイ人と戦う

ベルセクハラと戦う

同業のおじさんから、才能を見込んで仕事を紹介すると言われ、

実際に行くと、お酒の相手をさせられたり、しつこくホテルに誘われたりした。

おじさんの下心に気がつけなかった自分にも腹が立ち、

怒りや悔しさが忘れられない。

このような話は枚挙にいとまがない。

 

 

仕事上の立場を利用して性的搾取をもくろむ、

卑劣な人間は存在する。

近年話題になったのは、

ハリウッドの映画プロデューサーのセクハラ告発記事と、

それに引き続く#MeTooムーヴメントである。

この告発では80人以上の女性がセクハラ被害を訴えて

ワインスタイン氏は有罪判決を受けた。

女優らは仕事を干されるのが怖くて拒否できなかったと語っている。

 

 

こういった事件に対して、

「枕営業をする女もいる」などの低次元な反応がそこかしこで見られるが、

仕事を理由に性加害をされる女性がいる事実は変わらない。

「女にも責任がある」などと発言をするのは、

被害者を傷つける二次被害である。

 

 

ただでさえ被害者は、

相手の本心を見抜けなかった自分を責める傾向にある。

言うまでもなく、加害者が100%悪い。

 

 

出張先のホテルで男性上司から

「部屋で飲みながら仕事の話をしよう」と言われて断れず、

そこで無理にキスされても「部屋に行った女が悪い」

と責める輩がいる。

一方、男性の部下が上司の部屋で殴られて、

その部下を責める人はいないだろう。

 

 

女性が自衛しないといけない社会自体が「ヘルすぎる」が、

セクハラの標的にされないように予防線をはることはできる。

不倫反対強硬派アピールをする、

身内にセクハラ案件に強い弁護士がいる設定にする、

などである。

 

 

仕事関係者から「2人きりで会いたい」と誘われて、

上司や先輩の同席を提案しても「2人きりがいい」

と言う相手は疑うべきだ。

 

 

職場のセクハラなどは、「コミュニケーションのつもりだった」

などと本気で言うくらい、加害者に自覚がない場合が多い。

だから、第三者の指摘が有効なのだ。

その場に居合わせた人の小さな行動は、被害者を助ける。

助けてくれる人がいるという社会に対する信頼があれば、

助けを求められる。

被害者は周囲の無関心にも傷つく。

自分に何ができるかを考えるところから、

性暴力が起こりにくい社会へと一緒に考えていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル説教する人と戦う

お総菜売り場で「母親ならポテサラくらい作ったらどうだ!」

と子連れのお母さんに説教した男性が、

SNSで話題になったことがある。

「料理は女の仕事」というジェンダーロールを押し付けている。

彼らは「女=自分より弱い存在」と思って通り魔的に攻撃してくるのだ。

 

 

また、女性がタクシーで味わう不快な体験、

タクシーハラスメントも話題になっている。

「こんな時間まで飲み歩くなんて」などの説教や

セクハラ発言をする運転手がいるのだ。

客の性別で態度を変えるこうしたドライバーは、

「男性には見えない存在」である。

 

 

対策としては、

車内に設置してあるアンケート用紙を手に取る行為などが有効である。

泣き寝入りせずにクレームを入れることが、

タクハラ撲滅への一歩かもしれない。

 

 

職場でも説教ハラスメントは横行している。

「嫁入り前の娘なのに(お酒が好きなんて)」、

「30過ぎているんだから早く子ども産まないと」などと言われる。

こういった説教をする人々は自分が気持ちよくなりたいだけなので、

笑顔で返してしまうと調子に乗らせてしまう。

「反射的に笑顔を出すクセ」をやめて、

ハシビロコウ顔で相手をまじまじ見つめよう。

 

 

Twitterの「クソリプ」をお手本にした返し方も効果的。

たとえば「マンスプ返し」。

マンスプレイニングとは「男性が女性に偉そうに説教すること、

上から目線で説明すること」を指す。

説教に対しては、それを上回る上から目線で言葉を返して、

相手を撃退してみよう。

 

 

 

「シーライオニング返し」も使える。

シーライオニングとは

「礼儀正しく誠実なふりをして、しつこく質問をくり返すこと」である。

相手を疲れさせて時間を奪うことがその目的だ。

 

 

何か言われたら、

「その根拠は何ですか?エビデンスは?」としつこく繰り返し、

相手がつかかってきたら「冷静になりましょうよ(苦笑)」

などとさらにウザく返そう。

 

 

 

「ワタバウティズム返し」というのもある。

ワタバウティズムとは、

「論点をずらして、相手の発言を封じようとする手法」である。

痴漢被害の話をしているのに免罪の話をする、など。

日常生活でこれをされるとうっとうしいが、

説教対策としては有効に使える。

 

 

 

「クソ説教」には「クソリプ返し」をして相手を黙らせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新社会人のころ「これが社会の常識なのかな」と、

傷つきながら暮らしていた時代のわたしに贈りたい言葉がいっぱいでした。

巻末には弁護士さんとの対談もあるので、

「身を守る方法」も学ぶことができます。

若い方はぜひ一読を。

 

 

 

 

では、また明日^^

 

 

 

 

 

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