僕がマユミにふられてからちょうど三ヶ月経ったある日、ミナコが僕のところへやってきた。

 三ヶ月という期間が長いのか短いのかなんて判断がつかないけれど、とにかく僕はこの三ヶ月間、マユミのことが忘れられず、いつまでもウジウジと考え込んだり、思い出に浸ってばかりいた。

 

 そんなときにミナコはやってきたのだ。

 ミナコはマユミの親友である。

 少なくとも、僕とマユミがつき合っている頃は親友だった。

 マユミはいつも「ミナコがね、ミナコがね」と話していたから、かなり仲がよかったのだろう。

 とはいえ、僕がミナコと会ったのは過去に二度しかない。それもほんの数十分お茶を飲んだだけだ。

 

 そんなミナコがどうして今頃僕を訪ねてきたのだろう……

 ひょっとすると「マユミがよりを戻したいと言っている」とでも伝えに来たのだろうか。

 ウジウジしている僕はそんな淡い期待を抱いたが、ミナコの話はその期待とはまるで違うものだった。

 

「あなた、どうしてマユミがあなたを嫌いになったか知ってる?」

 

 ミナコはもの凄く残酷なことを、もの凄くストレートに言った。

 どうせ言うなら「どうして別れたか……」とか、「どうしてうまくいかなかったか……」という表現に留めて欲しかったが、マユミは「どうして嫌いになったか」という全盛期のマイク・タイソンくらいパンチ力のある言い方で、僕の胸をエグってきた。

 

 「知ってるよ」僕は力なく答えた。

 「僕の仕事が忙しくて、マユミとの時間をあまりとることができなかったからだろう?」

 僕は別れ際にマユミが言った言葉をそのまま繰り返した。

 

 するとミナコは眉間にぐっとシワを寄せて、どこか哀れむような目で僕を見た。

 

「違うのか?」思わず僕は尋ねた。

「残念ながら、まったく違うわ」ミナコは恐ろしく冷静に言った。

 

 その言い方からは「真実は銀河系の遙か遠くにあって、あなたは何もわかっていないのよ」というニュアンスが感じられ、僕は絶望的な気持ちになった。

 

「本当のことを今から言うわ」

 

 ミナコはまるで死刑を宣告するみたいに神妙な顔つきで言った。

「待ってくれ」僕は慌てて声をあげた。

「君が何のためにそんなことを言いに来たのかは知らないけど、本当のことなんてもうどうでもいいんだ。どんな理由にせよ、僕はマユミに嫌われた。それが本当なら、あとはどうでもいいんだ」

 

 そう言う僕をまるで相手にせず、「そうはいかないわ」とミナコはきっぱりと言った。

 

「私には私の事情があるの」

「君の事情?」

「そうよ、だからあなたは黙って聞いて」

 そう言われて僕は聞くしかなくなってしまった。

 

「あなたが嫌われた本当の理由は、あなたが忙しくて時間がとれなかったことなんかでは全然ないわ。もっと根本的な問題なの。

 あなたは大人の男性としてはあまりにもだらしないし、何ひとつ自分では決められないほど優柔不断。相手が何を求めているかを感じ取るセンスはまるでないし、感じ取ろうという意識も皆無。あなたの話はまったく面白くないし、話題も低俗。気がつけば自慢話ばかりを延々と続けているし、相手が苦笑しているのを見て、自分の話がウケていると勘違いする。汗っかきで夏場なんかは耐えられないし、いつも被っている帽子はまるで似合ってない。

 マユミがあなたを嫌いになったのはそういうわけなのよ」

 

 ミナコはそれだけのことを一気に捲し立て、ふうっと息を吐いた。

 

 もちろん僕は何も言うことができず、その場に立ちつくしていた。

 怒りとか哀しみとかいう感情はもはや完全になくなっていて、空っぽの心のまま、僕はただ両頬をバシバシと殴られ続けているような感覚だった。

 

「わかってもらえたかしら?」ミナコは僕の顔を覗き込むようにして言った。

「わかったよ」僕はしょんぼりと応えた。

 

 正直言って「わかった」とか「わからない」という話ではなかったが、とにかくその場ではそう言うほかなかった。

 

「そこでひとつ提案があるの」

 

 落ち込んでいる僕に、ミナコは少し言いにくそうに言った。

 言いにくいことはもう十分に言ったじゃないかと僕は思ったが、彼女の提案を遮る気力は僕にはもう残っていなかった。

 

 ミナコは一度大きく深呼吸をして「そんなあなたとうまくつき合っていけるのは私しかいないと思うの」と言った。

 思いがけない言葉に僕は耳を疑った。

 

「えっ、今なんて言ったの?」

「だから、そんなあなたとつき合えるのは私しかいないって言ったのよ」

 

 僕は混乱した頭を必死で整理しながら、ミナコの顔をじっと見つめた。少なくとも、たちの悪い冗談を言っている様子はない。

 

「それを言いに来たのか?」

「そうよ。いけなかった?」

「いけなくはないけど、なんというか、もう少し違った形で言うことはできなかったのかな?」

「気を悪くしたなら、ごめんなさい。これでも三ヶ月間ずっと考え続けてやっと見つけた方法だったの」

 ミナコはうつむきながら、そう言った。

 

 実際のところ僕はどうしていいかわからなかった。

 とにかく僕は優柔不断だし、話はつまらないし、相手を思いやる気持ちは皆無で、相手に不快な思いばかりさせるどうしようもない男のようだ……

 

 それに今は、ひどくダメージを受けていて、誰かに好かれているという実感にすがりたい気持ちもあるし、ミナコの口からひとつでも僕のいいところを聞いてみたいという思いもあるし、誰でもいいからフラフラの僕を支えて欲しいとも思う……

 

 誰でもいいなんて言ったら、またミナコはマシンガンのような勢いで、僕を罵倒するのかもしれないけれど、それが今の正直な気持ちだし、こんなどうしようもない僕とうまくつきあっていけるのは自分だけだとミナコは言うし……

 

 でも本当のことを言えば、まだマユミへの気持ちがどっぷり残っていて、別の誰かを好きになれる精神状態とは言えないし……

 

 僕はあまりコンディションがいいとはいえない頭で、グルグル、グルグルといろんなことを考え、まるで結論が出ないまま、

 

「じゃあ、よろしく頼むよ」

 

 と返事をしてしまっていた。

 僕の意志を離れて、口が勝手に返事をしてしまったみたいな感じだった。

 

 目の前にいる現実のミナコは目にいっぱい涙を溜めて、ほっとしたような、どこか力が抜けたような笑みを浮かべている。

 

 正直、僕はなんとも言えない気持ちだった。

 何をどう表現すればいいのわからない、文字通り、何とも言えない気持ちだった。

 

 ミナコは笑うと、頬に小さなえくぼができる。

 そんなことを、僕はそのとき初めて知った。

 考えてみれば、僕はミナコのことを何も知らないのだ。

 

 

 まあ、でも、それも悪くないか……

 

 強烈なパンチを食らったばかりのグワングワンする頭で、僕はそんなことを思っていた。