『カシスウー論』 ~『銀座 九兵衛 ホテルニューオータニ店』編~


 こんにちは イイダテツヤです。 
 第53回『カシスウー論』は、紀尾井町にある『銀座 九兵衛 ホテルニューーオータニ店』編です。

--------------------------------------------------------------------------

 『銀座 九兵衛』といえば、言わずと知れた寿司屋の名店である。
 私が行った『九兵衛』は銀座本店ではなく、ニューオータニの中にある店だが、
 いずれにしても場所を説明する必要もないだろう。

 じつは、先日このメルマガの読者から
 「イイダさんは、寿司屋へは行かないんですか。やっぱり寿司とカシスウーロンは合いませんか?」
 という問い合わせをもらったのだ。

 なるほど、確かに一度も寿司屋を取り上げたことがなかった。
 取り上げないで言うのも何だが、私は食べ物のなかで寿司が一番好きである。

 このメルマガに何度も登場している先輩の「J」も、私も無類の寿司好きなので、
 じつは、あちこちの寿司屋につれていってもらっては、ご馳走になっているのだ。

 そんなわけで一度は寿司屋を取り上げようということで、どうせならまずは『九兵衛』だろうという感じで、
 今回のメルマガがスタートしたという次第です。
 これまで取り上げなかった言い訳というわけではないが、
 寿司屋というのは、その他のジャンルと比べて、もっともカシスウーロンを置いている確率が低いだろう。

 最近は、ちょっとした居酒屋でもカシスウーロンくらいは置いているものだが、
 いわゆる、ちゃんとした寿司屋であればあるほど、カシスウーロンは置いていない。
 もちろん、『九兵衛』にもカシスウーロンはなかった。

 カシスウーロンの看板を背負っておいてナンだが、
 お寿司を食べるなら、カシスウーロンなんて中途半端なものはやめて、お茶ししておいたほうがが無難だ。
 残念ながらと言うか、当然ながらと言うか、とにかくそのほうがはるかにおいしく食べられる。 

 『九兵衛』でも『九兵衛』でなくても、それは同じです。
 まあ、そりゃそうですよね。お寿司ですもんね。 


 『九兵衛』とも、お寿司ともまったく関係ないのだが、
 つい先日、赤坂の駅のホームで、二十年ほど前の知り合いを偶然見かけた。

 当時の親密度で言えば「友人の下の、知り合いのさらに下」というくらい希薄な関係だったので
 おそらく彼女は私のことなど覚えてはいないだろう。
 私だって彼女を見て「あ、あの人だ」とは気づいたが、名前を思い出すことはできなかったくらいだ。

 しかし、当時の彼女の雰囲気を私ははっきりと覚えている。

 当時、彼女は大学のラクロス部に入っていて、
 キャンパスですれ違うときは、たいていラクロス用のラケットを担いでいた。 

 あの出来損ないの網みたいな道具をラケットと呼んでいいのかどうかは不明だが、
 とにかく、ラクロスを象徴する「あれ」である。

 彼女はとびきりの美人というわけではなかったが、いつもしゃれた格好で、自信に満ち溢れ、
 女子大生のきらびやかさを全身に振りまいたような雰囲気を持っていた。

 そもそも、ラクロス部というのがいい。
 スポーツとしてのラクロスがおもしろいとは思えないが、
 ラクロス部とか、アメフト部というのは、いかにも大学生っぽくて、なんとも言えずスタイリッシュだ。

 まさに彼女は、そんなイメージの世界から飛び出してきたようなタイプだったし、
 たぶん彼女自身、そのことを十分に知っていたのだと思う。

 彼女と私は英語のクラスが一緒だった。
 彼女の英語の実力がどの程度だったのかはよく知らないが、
 教授や講師に質問されたときは、たいていはハキハキと答えていたような気がする。 

 彼女の周りにはいつもたくさんの人がいて、
 授業やテストに必要な資料やノートを提供してくれる人にはまったく困らなかっただろうし、
 講師に指されたときは、隣や前に座っている友人たちがさっと答えを教えてくれていただろう。

 いまはどうかは知らないが、当時の大学生とはだいたいがそんな感じだった。

 教授や講師に指されたとき、目の前にどれだけたくさんの「助け」が差し出されるかで、
 その人のキャンパスライフの充実度が図れるのだ。
 テスト前にコピーの束を抱えている人ほど、人気があり、たくさんの人に声をかけられる。

 「それって、もしかして経済学の過去問?」と気軽に声をかけられて、
 「そうだけど、哲学概論のノートって持ってる?」などと言いながら、
 購買部の横にあるコピー機の列に加わるのだ。

 それが正しく、健全で、明るく、華やかな学生生活だったのだ。
 そして、彼女はいつもその中心にいた。
 彼女のキャンパスライフが充実していることは、端で見ている誰もが知っていたし、
 彼女に近づき、彼女と楽しく話すことができれば、スポットライトの隅っこくらいに入ることもできた。


 ある授業のとき、私はたまたま彼女のすぐ後ろに座ることがあった。
 ちょうどテスト前の時期で、彼女はくるりと私のほうを振り返って、
 「水曜一限の政治学、取ってる?」と唐突に聞いてきた。

 ほとんど初めて会話をするというのに、
 まるで毎日会話をして、うれしいことがあるとハイタッチをして喜び合う仲間のような口ぶりだった。

 「取ってるけど」と私が答えると、
 「じゃあ、これあげるよ。ノートのコピー」と言って、紙の束をばさっと机の上に置いた。
 何のためらいもなく、明るく、さわやかで、キュートで、自信たっぷりだった。
 
 おそらくは、大量にコピーし過ぎて貰い手がなくなった分を、たまたま後ろにいた私に回してくれたのだ。
 ただ、それだけのことだ。
 彼女にとっては何の意味も、考えもなく、
 次の瞬間にはコピーの束を渡したことすら忘れてしまうような無色透明の出来事だ。

 コピーをもらったことは正直ありがたかったが、
 彼女の屈託の無さというか、迷いの無さに、私は唖然としてしまった。

 そんな私を気にする素振りはまるでなく、
 「ほかに、欲しいノートがあったらいつでも言ってね」と彼女は明るく笑い、またくるりと振り返ってしまった。

 おそらく、彼女と個人的に、まともな会話をしたのは、それが最初で最後だったと思う。
 あのやりとりが「個人的で、まともだったとしたら」という話だが・・・

 彼女はそんな性格だから、どこかですれ違えばあいさつくらいはしたかもしれないが、
 彼女の目に映る私は、風景のほんの一部だったに違いない。
 大きなイチョウの木やテニスコートのフェンス、
 ラウンジ前の人ごみなど、見慣れた風景に埋もれた名前のない存在だ。

 それはそれで仕方がない。
 そう納得できるほど、当時の彼女はきらきらとして、まぶしかったのだ。


 その彼女を、約二十年ぶりに赤坂駅のホームで見かけた。

 ものすごく変わってはいたが、それが彼女であることはすぐにわかった。
 うまくいえないけれど、目の前の彼女と、私の記憶の底にある彼女の何かがうまく結びついたのだ。

 そのとき、彼女は六十歳くらいの男性と一緒だった。
 彼女より、二十歳か、二十五歳くらい年上だろう。

 私が最初にキャッチしたのは、言いようのない違和感だった。

 彼女たちを見た瞬間、二人が夫婦か、恋人同士であることが、私にはわかった。
 どうしてそう感じたのかはわからない。
 年齢差を考えれば、もっと別の関係のほうが自然であることはあきらかだが、
 なぜか、二人が男女の関係であると私にはわかったのだ。

 いかにそれが不自然な見立てであっても、彼女たちをひと目見たときから、ある種の確信が私にはあった。

 二人は、駅のホームでちょっとした言い争いをしていた。
 内容はじつに些細なことだ。
 目的地へ向かうには、ホームの右側の出口へ向かうべきか、
 左側へ向かうべきかを言い争っているのである。

 「だから、こっちだって言ってるだろう。俺は昔から知ってるんだ!」
 と年配の男性が頑なな口調で言うと、
 「さっき案内表示見たとき、こっちのほうが近いって書いてあったじゃない」と彼女は応えた。

 ただこれだけのやりとりなのだが、
 男性は、周囲の人がチラチラと見るほどちょっと過剰にわめき散らしていたし、
 そんな男の相手をすることに、彼女はものすごく疲れているように見えた。

 彼女の表情には「また、このやりとりか」というあきらめがありありと浮かんでいて、
 不機嫌にわめき散らす男性を冷ややかな目で見つめていた。

 私はなんだか、見てはいけないものを見たような気がした。
 飛び越えるべきではなかった二十年という溝を、ふとした拍子に飛び越えてしまったような感覚だ。

 そのワンシーンだけを見て、彼女が不幸だとか、苦労していると判断することはできない。
 ちょっとした言い争いはどんな男女にもあることだし、それが幸せの一部分であることも少なくない。

 駅のエスカレーターを上り、地上へ出るころには
 「まったく、しょうがないんだから」と微笑みながら彼女は言って、
 どこで食事をするかを二人で仲良く相談するのかもしれない。

 本当にそうかもしれない。 

 しかし、そんな想像を掻き立てるには、彼女の表情はあまりに疲れ過ぎていた。
 彼女の表情から受け取れるのは、その男性との関係を自分に課せられた宿命のように無抵抗で受け入れ、
 残りの人生を乱暴に投げ捨てているような、暗く、冷え切った印象だった。

 地味なベージュのジャケットを着た彼女は
 「必要なものが入れば、それだけでもういいのよ」と言わんばかりのトートバックを肩にかけ直すと、
 男性が言い張った方の出口へ向かって、ゆっくりと歩き出した。

 ラクロス用のラケットも、コピー用紙の束も、いまの彼女は何も持っていなかった。

 二十年も経ったいま、そんなものを持っている必要はどこにもないのだろうが、
 彼女自身と彼女の持ち物はあまりに変わっていて、そのことが少なからず私にはショックだった。

 別にこの出来事で、何かを学んだとか、教訓を得たというわけではない。

 彼女は彼女の人生を生きていて、私は私の人生を生きているし、 
 それをどうこう言う筋合いも、言われる筋合いもない。
  
 ただ、ものすごく当たり前のこととして、
 「やっぱり彼女にも、時間は流れていたんだ」と私は感じたのだ。

 それが寂しさなのか、安心なのか、その正体はよくわからないけれど、
 赤坂駅のホームの片隅で、私は彼女たちが歩いていく後姿を眺めていた。

 時が止まっているような、ものすごく早く流れているような不思議な感覚のなか、
 彼女たちは行ってしまった。




 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

  このブログは『カシスウー論』というメルマガをブログにアップしたものです。
  ぜひ、メルマガの登録もお願いします。
 
  登録のお手続きは http://www.mag2.com/m/0000287963.html
 
 ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑