『カシスウー論』 ~根津にある串揚げ屋『はん亭』編~


 こんにちは イイダテツヤです。 
 第54回『カシスウー論』は、根津にある串揚げ屋『はん亭』編です。
 
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 千代田線の根津駅を千駄木よりの出口から出ると、目の前に赤札堂というスーパーマーケットがある。
 その赤札堂の前を不忍通り沿いに湯島方面へ進み、たしか一つ目か、二つ目の角を左に曲がって少し進むと、
 黒々とした木造の日本家屋が目に入ってくる。
 
 この建物が串揚げ屋『はん亭』だ。
 見るからに「名店だぜい!」という風情にあふれているし、根津という土地柄もなかなかいい。

 『はん亭』は注文の仕方もちょっと変わっていて、
 飲み物は普通に注文するのだが、あとは串揚げの六本セットが運ばれてきて、
 「もういいです」と言うまで、いろんな種類の六本セットが次々と運ばれてくるしくみになっている。

 場合によっては、「けっこうお腹もいっぱいになってきたんで、三本でお願いします」とか、
 「アスパラの串揚げがおいしかったんで、もう一回お願いします」なんてリクエストも可能なのだが、
 原則として、六本セットのどんどん食いである。

 こんな書き方をすると、わんこそばみたいに慌ただしく食べるような誤解を招くかもしれないが、
 もちろん、そんな感じではない。

 六本セットと六本セットの間には、箸休めのようなちょっとした料理が運ばれてきて、
 本当にちょっとなのだが、なかなか上品で、けっこうおいしい。
 お通し代わりに出される生のキャベツをポリポリかじりながら、
 次の串揚げを待っているのもなかなかいい時間だ。

 残念ながら、『はん亭』にはカシスウーロンがないので、私としては梅酒のソーダ割りあたりを飲むわけだが、
 味といい、雰囲気といい、注文のスタイルといい、串揚げ屋ではかなりのお気に入りだ。

 根津に用事があるという人はそんなにはいないだろうし、
 私の人生で一度か二度しかないのだが、ときには足を伸ばしてでも行ってみたくなる店だ。


 さて、話はガラリと変わるのだが、じつは今号で『カシスウー論』はちょうど一周年を迎える。

 何の役にも立たない内容ばかりとはいえ、毎週せっせと書き続けるのはそれはそれでたいへんなもので、
 「おお、やっと一年か」という小さな感慨がないことはない。

 メルマガを始めた当初、ある友人から「イイダさんは飽きっぽいから、すぐにやめるんでしょ」
 と言われたものだが、どうにかこうにか、無事に一周年を迎えることができた。

 と、まあ、無理矢理感慨にふけってみたが、
 やっぱり一年程度では、あんまり感情も盛り上がりませんね。まあ当然か。

 妙なタイミングのあいさつではありますが、これからも末永く、よろしくお願いいたします。


 このメルマガを始めて一番変わったのは、ちょこちょこ美術館へ行ったり、
 普段より多めに映画を観に行ったり、これまで一度も読まなかった雑誌を手に取ってみるなど、
 とにかくインプットが増えたことだ。

 以前、インタビューをしたどっかの社長さんが
 「アウトプットを前提にすれば、インプットの質が変わる」と言っていたが、
 質が変わったかどうかはともかく、インプットの意識が高まったことは間違いない。

 ついこの間なんて、「日経サイエンス」という科学雑誌にまで手を伸ばしてしまったほどだ。
 私の知り合いのなかで、私が科学雑誌を読んでいる姿を見たことがあるのは、
 多くて二人くらいしかいないだろう。

 科学になんて、基本的には興味がないし、
 そもそも「日経サイエンス」なんて雑誌は、その存在すら知らなかったほどだ。

 そんな私がなぜ「日経サイエンス」を手に取ったかといえば、
 「なぜ、ヒトだけが無毛なのか」という、じつに微妙な特集記事が載っていたからだ。

 多くのほ乳類、そしてほとんどの霊長類が毛皮で覆われているのに、
 我々人間だけは、なぜツルツル、スベスベの肌をしているのかという論文である。

 どうですか。何とも微妙なテーマだとは思いませんか。

 どうでもいいと言えば、じつにどうでもいいし、
 興味があると言えば、そう言えなくもないという、何とも形容しがたいテーマなのだ。
 
 冷静と情熱の間ならぬ、興味と無関心の間をいく、絶妙なテーマと言えなくもないだろう。

 そんな絶妙なさじ加減にひかれて雑誌を買ってしまったのだが、
 論文自体はけっこうおもしろいので、興味がある人はぜひ読んでみるといいと思います。

 といっても、ほとんどの人が読まないと思うので、
 ざっくりとした結論だけを言うと、体温を下げる機能を高めるために、
 ヒトの体は無毛になっていったということです。

 たしかにスベスベの肌に汗をかけば、すぐに蒸発して体温を下げることができる。
 ふっさふさの毛で覆われていたら、そりゃあ暑くてしょうがないだろう。 

 もちろん、「いやぁ、今日は暑いですね」、「ホント、ここ数日は特に蒸しますね」なんて
 のんきな理由でヒトの毛がなくなったわけではなく、生活環境の変化が大きく影響しているらしい。

 だいたい150万年くらい前、ヒトの祖先はもともとの居住地であった森から出て、サバンナで暮らすようになり、
 水や食料を確保するのに、長い距離を歩いたり、走ったりする必要に迫られたという。

 その生活に適応するように、体温調節機能も高まっていったらしい。
 
 それだけ聞くと「ふ~ん、そんなものか」という程度なのだが、
 じつは、体温を下げる機能が飛躍的に発達したことにより、
 体の中でもっとも熱に弱い「脳」の発達を助けたというのだ。

 もの凄く省略して言うと、体から毛がなくなったおかげで、
 人間の脳は発達し、優れた知能を持つようになったのだ。

 そう考えると、すごいことだ。
 我々人間が、自動車に乗ったり、でっかい飛行機を飛ばしたり、インターネットであれこれ情報をやりとりしたり、
 テレビを観てアホみたいに笑ったりできるのは、すべて体から毛がなくなったおかげなのだ。

 毛深い人で、「オレってちょっと頭悪いよなぁ・・・」と思っている人は、
 いますぐ、体中の毛をどんどん抜いてしまいなさい。
 どっかのエステかなんかへ行って、永久脱毛してもらいなさい。

 すると、あなたの脳は驚くべき進化を遂げるはずです。
 もしかしたら、100万年くらいかかるかもしれないけれど、
 まあ、その、バカと言うよりは賢い方向へ進化するはずです。理論的に・・・

 「このメルマガを読んで、体中の毛を抜いたけど賢くならねえぞ!」というクレームはもちろん受け付けません。
 
 でも、もし賢くなったという人がいたら、ご一報ください。
 よろしくお願いします。