『カシスウー論』 ~飯田橋のフレンチレストラン『ラ・ブラスリー』編~


 こんにちは イイダテツヤです。 
 第55回『カシスウー論』は、飯田橋のフレンチレストラン『ラ・ブラスリー』編です。

--------------------------------------------------------------------------

 神楽坂下の交差点から、外堀通りを市ヶ谷方面に歩いて、
 理科大エリアを通り過ぎて、次の次くらいの狭い角を右に曲がる
 すると、割と急な坂の途中に日仏学院という学校がある。

 よくは知らないけど、日仏学院というくらいだから、きっとフランス語なんかを学べる学校なんだと思う。
 とにかくその日仏学院のなかに、フレンチレストラン『ラ・ブラスリー』はある。

 「カシスー論」も55回目を迎えるが、学校のなかの店を取り上げるのはたぶん初めてだろう。
 学校のなかといっても、学食のような店ではなく、割にきちんとしたフレンチレストランである。

 その店で友人が結婚パーティを開くというので、つい先日行ってきたのだ。
 店内もなかなか洒落たつくりなのだが、とにかく庭がすばらしい。

 私が訪れたそのパーティの日は、「今日からが春本番でございます」という感じのぽかぽか陽気で、
 ウッドデッキのテラスにいると、最高に気持ちがよかった。

 これぞ、うららかな春の日差しというべき陽光を受けて、ちょっとカジュアルな料理を食べながら、
 一緒に出席した友人とどうでもいいことをごちゃごちゃ話しているのは、じつに心地のいい時間だ。

 ドリンクはいわゆるパーティ仕様なので、「カシスウーロンをお願いします」ということはできなかったが、
 ウーロン茶でも十分雰囲気を堪能できた。
 
 ちなみに、友人は赤ワインを飲んでいて、それはそれでなかなかよさそうな感じだった。

 
 うららかな春の日差しというと、私はいつも小学校の卒業式を思い出す。
 もう四月も終盤にさしかかっているので「いまさら卒業式の話題もないだろ!」という気がしないでもないが、
 思い出しちゃったのだから仕方がない。

 私の小学校では、卒業式に歌う歌が決まっていて、
 その歌い出しが「うららかな春の日差しが降ってくる」だった。

 そのため私の脳の奥底には
 「うららかな春の日差し=卒業式」という連鎖的記憶がべったり張り付いているのだ。

 たぶん、同じ歌を歌っている小学校も多いのではないだろうか。
 当時私は、その歌を聴く度に「うららかってナンだ?」と思ったのをよく覚えている。
 ワケわかんないシリーズで言えば、「春のうららの墨田川~」っていう歌の「うらら」ってナンだ?

「春のうらら」って、そんな「亀のこうら」みたいに言われても、ホントにワケわからん。

 まあ、そんなディテールはいいとして、
 とにかく卒業式の歌そのものは、卒業生と在校生が掛け合いをするようなつくりになっていて、
 これはこれでなかなか感動的なのだ。

 私も人並みに小学校、中学校、高校と卒業式を経験したが、(ちなみに大学は中退)
 一番たくさんの人が泣いていたのは、なぜか小学校の卒業式だった。

 みんなで卒業の歌を歌って、それなりに感動的な雰囲気なのは認める。

 でも、数週間後に中学へ行けば、みんなまた同じように顔を合わせるのだ。
 私立中学へ行く人も数名はいたけれど、ほとんどの人が同じ中学へ上がるのだから、
 実際は、4年生から5年生になる春休みとあまり変わらないのだ。

 それなのに、卒業だからと言って、しくしく泣くことがあるだろうか・・・
 一応卒業式なので、私もそれなりに神妙な顔で臨んではいたが、
 けっこうな勢いで泣いている人たちを見ながら、「どこが、そんなに悲しいのかな」と内心不思議に思っていた。

 それでいて、中学とか、高校の卒業式では、本当に会えなくなる人がたくさんいるはずなのに、
 泣いている人はそれほどいなかった。
 高校の卒業式では、泣いている人なんて一人も見なかった気がする。

 これはいったいどういうことなのか、いまでも不思議に思っている。
 全国的な傾向なのか、それとも私の周りだけが異常だったのか。
 本当にどうでもいいことだけど、謎は深まるばかりだ。


 卒業式といえば、高校の卒業式の日、同じクラスだった高森という男が私のところへやってきて、
 「どうせ、おまえもモテないんだから、制服のボタンを二つ三つ外しておいたほうがいいぞ」と忠告してきた。

 いまはどうかは知らないが、
 私の高校時代は、卒業式の日に女の子が好きな男の制服のボタンをもらうという文化
 かろうじて残っていた。
 
 そして、男のほうは本命の彼女に第二ボタンを渡すというのが、なんとなく決まりみたいになっていた。

 なんと甘酸っぱい風習なんだ。
 そんなことを真顔でやれるあたりが、要するに青春なのだろうと思う。

 しかし、青春とは得てして残酷なもので、
 モテない男たちにとっては、なかなかやっかいなシステムでもあった。

 卒業式が終わり、教室や廊下でみんながうだうだしているとき、
 制服のボタンが全部残っていると「オレはモテない男です」と宣伝しているみたいになってしまうからだ。

 ボタンが一つ二つなくなっているヤツに限って、過度に廊下をうろうろするもんだから、
 変にプレッシャーを感じるという妙な弊害もある。

 ちなみに、高森の制服を見てみると、第一、第三、第四ボタンがなくなっている。

 「それ、どうしたんだよ」と私が高森に聞いてみると、
 「いや、おまえ、第二ボタンは本命が来たときのために、とっておかなきゃマズイだろ」と彼は答えた。

 「いやいや、そうじゃなくて、残りのなくなったボタンはどうしたんだよ」と尋ねてみると、
 「そんなもん、自分で外したに決まってるだろ」と言って、
 制服のポケットから金色のボタンをじゃらじゃらと取り出した。
 
 モテない男とは、とことん悲しい生き物である。

 私としても、「むむ、自分で外したほうがいいのか・・・」という迷いが一瞬脳裏をかすめたが、
 さすがにそれはやらなかった。

 自分で外すのはあまりにせつなすぎるし、
 それ以前に「モテないことを気にしている」と周囲に悟られたりしたら、それが一番恥ずかしい。

 しかし、高森はそんなことなどお構いなしに、ボタンを三つも外していた。
 その思いっきりの良さというか、身の程知らずぶりに、私は爆笑しつつも、つい感心してしまった。

 高森の制服は第二ボタンと第五ボタンが残っている状態なので、
 「どうして第五は外さないの?」とあえて聞いてみたら、
 「一個くらい残っているほうがリアルだろ」と彼は得意げに教えてくれた。

 三つも外しておいて、リアルもクソもねぇだろうと私は思ったが、高森とはそういう男なのだ。

 電車のなかでは、イヤホンをしたまま音楽のボリュームをゼロにして、女子高生の会話を盗み聞きしたり、
 「好きな服のブランドはニコルだな」と公言している割には、ニコルの服を一枚も持っていないような男だった。

 大学受験に際しては、日本史ばかりを勉強してもの凄く成績が上がったが、
 日本史だけではさすがに合格することができず、「合格するには、英語と国語も大事だぞ」と
 誰もが知っていることを、じつに偉そうに教えてくれるヤツだった。


 高校を卒業して以来、一度も会っていないのだが、
 卒業シーズンになると、ごくたまに高森のことを思い出す。

 そして、街でニコルのショップを見かけたときは、必ず高森のことを思い出す。
 ああ、高森はニコルが好きだったなぁ・・・と。
 ああいうのも、好きって言っていいんだなぁ・・・と。