『カシスウー論』 ~赤坂にあるベルギービールの店『デリリウムカフェ レゼルブ』編~

 こんにちは イイダテツヤです。 
 第67回『カシスウー論』は赤坂Bizタワー1階にあるベルギービールの店
 『デリリウムカフェ レゼルブ』編です。

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 『デリリウムカフェ レゼルブ』と聞いて、最初に思うことは
 「デリリウムって、なんやねん!」ということだろう。

 ごく普通に考えれば「レゼルブ」の部分が店名で、
 「デリリウム」がカフェの種類を示していると推測される。

 インターネットカフェ、スポーツカフェなどでもわかるとおり、
 インターネットが使えるからこそ「インターネットカフェ」であり、
 スポーツの中継が観られるからこそ「スポーツカフェ」なのだ。

 すると、「デリリウムカフェ」では、
 デリリウムが使えたり、デリリウムの中継が観られたりするのだろうか。

 あるいは、メイド喫茶の発想で、
 デリリウムの格好をした店員さんが、デリリウム的な接客をしてくれるのだろうか。

 考えれば考えるほど、夢と妄想は膨らむが、
 結局のところ「デリリウムって、なんやねん!」という話に戻ってしまう。

 そんなわけで、インターネットで調べてみたら、
 もともとベルギーに「デリリウムカフェ」という有名なお店があるという。

 だから、たぶん「ハードロックカフェ」とか「ブルーノート」みたいな感じで、
 有名店の名前をそのままにして、あっちこっちに出店しているのだろう。

 ちなみに、「デリリウム カフェ」とは
 「デリリウム・トレメンス」というベルギービールの名からとったもので、
 ラテン語で「アルコール中毒による幻覚症状」というすごい意味がある。

 うんちくついでに、「レゼルブ」というのは英語でいう「リザーブ」のことで、
 「予約する」「保存しておく」という意味から派生して、
 「とっておきの」みたいな意味を持っているらしい。

 つまり、『デリリウムカフェ レゼルブ』とは、
 ベルギーにある「デリリウムカフェ」の「とっておきバージョン」ということだ。

 そう知ってしまうと、なんてことない店名だ。


 そんな『デリリウムカフェ とっておきバージョン』へ行く少し前、
 私は六本木の国立新美術館で「オルセー美術館展」を観てきた。

 なんでも、2010年の日本は空前の印象派ブームのようで、
 国内のあちこちで、印象派の絵を見ることができる。

 その代表とも言うべき存在が「オルセー美術館展」だ。

 正直言って私はオルセー美術館などロクに知らない。
 以前パリを訪れたとき、ルーブル美術館へは行ったけど、
 (といっても、門の前まで行っただけで、休館日で中には入れなかったんだけど)
 いずれにしても、そのときに「せっかくだから、オルセー美術館に行ってみるか」
 とはならなかった。

 名前くらいは、ぼんやり記憶していたものの、
 それがどんな美術館なのか、そもそもパリにあるのかすら、まったく知らなかったのだ。

 少し前に、雑誌「ブルータス」をぴらぴらと眺めていたら、
 「なんだか有名な絵がいっぱいあるらしい」ということだけを知り、
 「オルセー美術館展」を訪れてみたのだ。

 美術愛好家の人たちがどんなふうに絵を楽しむのかは知らないが、
 私のような「中の下クラス」の人間にしてみれば、
 「知ってる絵が何点もある」というだけで、かなりポイントが高いのだ。

 事実「オルセー美術館展」では、モネの「日傘の女性」や「ロンドン国会議事堂」、
 ゴッホの「自画像」や「アルルの寝室」、ゴーギャンの「タヒチの女たち」など、
 名前は知らなくても、絵を観れば「ああ、美術の教科書に載ってたわ」と
 思うようなものがたくさん展示されていた。

 有名な絵が飾ってあると、それだけでテンションが少し上がるのは間違いない。
 ただし、だからといって「おお、これはすばらしい」となるかと言えば、それまた別の話だ。

 たしかに、モネはすばらしかった。
 素人丸出しの私が観ても、美しい絵はじつに美しいし、
 「ロンドン国会議事堂」のように、霧に煙った感じの絵は、それはそれでカッコイイ。

 彼は、どの風景を、どんなふうに、どんな色彩で描けば、大衆が喜ぶのかを
 すべてわかっているみたいな絵を描く。
 少なくとも、私にはそう感じられた。

 もっとも彼が活躍した当時は、「印象派」なんてものは皮肉と揶揄の対象でしかなく、
 「単なる印象を絵にするなんて、何事だ!」と批評家たちに酷評されていた。

 乱暴な言い方をすれば、印象派の画家たちは、
 「テキトーに絵を描いている ヘタウマ野郎」と思われていたわけだ。

 「そんなひどい言い方をしなくても・・・」と擁護してあげたい気持ちがないわけではないが、
 ゴーギャンの絵あたりを観ていると、「こりゃ、控えめに言って、ヘタウマですな・・・」と認めざるを得ない。
 (もちろん、素人丸出しの私個人の感想ですよ)

 サマーセット・モームの小説「月と6ペンス」のなかに、
 ゴーギャンをモデルにした画家が登場し、芸術に生涯を捧げた、壮絶な生き様が描かれているが、
 「それが、このヘタウマか・・・」と思うと、じつに微妙な気持ちになる。

 ありていに言えば、ガッカリ感みたいなものがね・・・
 何というか、拭いきれないっていうかね・・・

 でも、これはあくまでも私の好みの問題であって、
 絵の上手い下手とは関係なく、その絵をもの凄く好きになることだってもちろんある。

 もし、ゴーギャンのことを「最高に上手い画家だ」と賞賛する人がいたら、
 「えぇ~、ホントにそう思ってんの?」と私は疑いの目を向けるけど、
 「最高に好きな画家だ」と言われれば、それはそれで納得できる。

 先日、放送された「深イイ話」のなかで、山田五郎さんがアンリ・ルソーの絵を取り上げて、
 「下手くそ感がたまらない」と歪んだ賞賛を送っていたが、そういう感覚は理解できる。

 下手くそだけど、大好きな画家を見つけてしまったら、
 技巧的に優れた画家なんかより、ずっと深く、強く、無条件に愛せると思う。

 チワワよりもパグが好きで、
 アメトークでは「じゃないほう芸人」を楽しみに観ちゃうあなたなら、
 きっと、自分だけの「レゼルブ」(とっておき)を見つけることができるだろう。



 本当にどうでもいいことだけど、
 「オルセー美術館展」の隣では、「マン・レイ展」が開催されていて、
 そのポスターになっているマン・レイの写真が、スペイン代表のシャビにそっくりだった。

 国立新美術館を訪れることがあったら、ぜひ確認してみてください。
 そしてもし勇気があれば、ポスターに向かって、周囲の人に聞こえるくらい大きな声で
 「スペイン優勝おめでとう」と言ってみてください。

 周りにいる5%くらいの人は、きっとわかってくれるはずだ。
 だって、そっくりだもん。