私が『オオカミ男的人間』であることは誰も知らない。

 

 もし、そんなことが世間に知られたら大変なことになるだろうし、そもそもその事実を知っていたら、ミドリだって私と結婚しようとは思わなかったに違いない。

 

 もちろん、そんな大切なことをミドリに隠して結婚し、今なお隠し続けているのは申し訳ないと思っている。罪悪感は当然あるし、できることなら打ち明けたいという気持ちもある。

 

 しかし……しかしだ。

 

 やはり黙っている方がお互いのためなんじゃないかと私は思ってしまうのだ。

 勘違いしないで欲しいのだが、私はオオカミ男ではない。オオカミ男的人間だ。

 

 この期に及んで見苦しい言い訳などしたくはないが、オオカミ男的人間だからといって、大きな問題があるわけではない。満月を見てオオカミ男に変身するわけではないし、凶暴になるわけでもない。

 

 さすがに満月をまっすぐ見上げると、なんともいえない熱い思いが込み上げてきて、ほんのちょっとだけヒゲが伸びるが、その程度のことに、何の問題があるというのだ。私以上のスピードでヒゲが伸びる人はいくらだっているし、熱い思いが込み上げてくるくらい、たいした問題ではないだろう。

 

 事実、これまで私はミドリとなんの問題もなく幸せに暮らしてきた。これからだって同じだ。そう思っていた。

 

 だが、ミドリが妊娠したことによって、話はそう簡単ではなくなった。オオカミ男的人間に子どもが産まれる。つまりこれは、これまでとはまったく違うレベルの問題を引き起こすかもしれないのだ。

 

 私は図書館でありとあらゆる資料を読みあさり、オオカミ男的人間と普通の人との間に産まれる子どものデータを調べ上げた。

 

 それによると、普通の子どもが産まれる確率は40パーセントで、オオカミ男的人間が50パーセント。そして一番の問題であるオオカミ男(あるいはオオカミ女)が生まれる可能性が10パーセント程度あることがわかった。

 

 オオカミ男が生まれる可能性が10パーセント……

 

 これはもはや黙っていられる状況ではなかった。何も知らずに彼女が出産の日を迎え、産まれてきた子がオオカミ男だったなんてことになったら、さすがに申し訳ない。

 悩み抜いた末に、私は彼女に真実を打ち明けることにした。

 

 ある日の夕食後、私はできるだけ冷静に話し始めた。

 

 「じつは、ぼくはオオカミ男的人間なんだ。今まで黙っていて本当に申し訳ない。もちろん、君を騙すつもりではなかったんだが、結果として、騙すことになってしまった。君との生活が壊れてしまうんじゃないかと思うと、なかなか言い出すことができなかったし、もしこのまま一生知らせずに暮らせるものなら、その方がいいんじゃないかと思っていたんだ。

 

 でも、やっぱりそういうわけにはいかないみたいだ。

 

 君が妊娠したことはすごく嬉しい。これは本当だ。僕の人生で、君と結婚できたことの次にすばらしい出来事だと思っている。

 

 でも確率で言えば、産まれてくる子の半分はオオカミ男的人間で、更に悪いことに一割はオオカミ男なんだ」

 

 私がそう言うと、彼女はしばらく私の目をじっと覗き込み、そしてなぜだかけらけらと笑いだした。

 

 「そんなこと、ずっと前から知ってたわよ。つき合いだした頃から怪しいなぁとは思ってたし、ある時、満月を見てあなたのヒゲがちょっと伸びたもんだから、これは間違いないって確信したわ」

 

 「じゃあ、君は知ってて結婚したのか?」

 

 「そうよ。あなたが思っている以上に、私はあなたのことをちゃぁんとわかってるんだから」

 

 そう得意げに話す彼女を見て、私は愕然としてしまった。

 

 「驚くのはまだ早いわ」彼女は悪戯っぽい笑顔で続けた。

 

「今まで黙ってたけど、じつは私もオオカミ女的人間なの。だからきっと産まれてくる子もそうに違いないわ。でも、それは仕方がないことなのよ。とにかく、どんな子どもが産まれてくるにしても、それは私たちの子どもなのよ。あなた一人の問題じゃないわ」

 

 彼女は鼻をヒクヒクさせながら、そう言った。

 私は彼女の顔をまじまじと見つめ、涙が出そうになった。

 

 ヒクヒクと動く鼻。

 

 それは彼女が嘘をつくときの癖だ。私だって、彼女が思っている以上に彼女のことはちゃぁんとわかっている。

 

 しかし、私は何も言わなかった。お互いがお互いのことをちゃぁんとわかっているのだから、それでいいと思ったからだ。

 

 それから私たちはベランダに出て、夜空を眺めた。

 

 彼女の横顔はとてもすっきりとしていて「これでいいのよ。当たり前じゃない」と言っているように、私には思えた。

 だから、私も考えるのをやめ、彼女と同じように黙って夜空を眺めた。

 

 見上げた先の星空に月は出ていなかった。