本日は広島に原爆が落とされてから80年ということで、朝から関連のニュースが数

多く流されている。物心がついてから、毎年毎年8月6日は、同じようなニュースば

かりが流されている。

オレは小学校から進学校に通っていたせいか、所謂、平和学習を受ける機会はほと

んど無かった。一方で家内は、地元の公立小学校・公立中学校に通ったので、その

間、平和学習に接する機会が多かったようで、家内から初めて平和学習の内容を聞

いたときは、ちょっと驚いたのを覚えている。

ただ、オレも平和学習的なものが全く無かったわけではなく、小学校低学年の頃に、

学校の講堂で『はだしのゲン』のアニメを見せられたことは強烈に覚えている。

黒いカーテンをひいたクソ暑い講堂の中で、何百人かの小学生が映画を見たのだが、

子供にとってはグロい画面が映し出されるため、結果、講堂内ではゲロを吐く生徒

や鼻血を出す生徒、それに驚く生徒の悲鳴が響き渡り、4Dシアターもかくやといっ

た状況だった。

教育者側は映画を見せることで、戦争や原爆の恐ろしさを教えるつもりだったのだ

ろうが、結果ガキ共は、溶けた人間の気色悪さや、アニメだからといって楽しいも

のばかりでは無いといったことを学んでいたように思う。

 

さて、原爆の日である。

ニュースを見る限り、石破や広島県知事の意味のないスピーチや、教師はじめとす

る大人たちの強力なバイアス下で絵にかいたような発言をする子供たち、何だか良

く分からないお気持ちを表明する著名人の方々など、毎年恒例のバカの品評会とし

か思えない内容だ。

日本の政治家が「核のない世界を作る」と発言することに、何かしら実体があるか。

非核三原則の堅持を表明して、中国や北朝鮮に対する抑止力になるか。

平和祈念式典での小学生のスピーチを受けて、玉川徹が「核兵器が1番割安だと言

っている人は、この2人の前でその同じ話ができるのか」とコメントしたが、抑止力

や防衛に関する費用対効果の実態を教える方が、子供たちの未来にとってはより有

益ではないか。

ギタリストのSUGIZOが「核武装を肯定するのは野蛮な考え方」と批判し、パティシ

エの鎧塚俊彦が「核を容認するかの如く言葉が安易に使われることに対して戦慄を

覚える」とお気持ちを表明したことを拡散する旧メディアは、視聴者の思考停止に

陥らせるだけではないか(※Webニュースをざっとみて目についたSUGIZOと鎧塚を

取り上げたが、この2人を殊更に貶めるつもりはない。この2人に限らず、安全保障

に関する議論についてお気持ちのみを表明する人間は、全員、日本を危険にさらす

低能である。語るべきはバランスオブパワーを実現するための具体論のはずだ)。

 

オレは平和が好きだし、日本がこれからも戦争に巻き込まれなければ良いと心から

願っている。

だが、石破はじめとする政治家、上記のようなニュースを垂れ流す旧メディアが平

和を願っているとは、まるで思えない。連中がやっていることは、表面上の平和を

唱えながら、日本が他国から侵略されやすい環境、周辺国に有事が発生した際に混

乱しやすい環境を作ろうとしているようにしか見えない。

今日は、日本が平和のための必要なことをきちんと議論できる国になることと、そ

して、80年前に米国の原爆により無残に殺された14万人の方々の冥福を祈りたい。