先週末に、家内・息子、オカンと一緒に墓参りに行った。墓はオレの曾祖父・曾祖
母と大伯父夫妻のもので、オレ自身、小学校高学年の頃に曾祖父が死去して以来、
数回しか行ったことが無いのだが、一度、息子にも見せておこうと思い立ち、連れて
行った。
墓は大阪南部の、所謂、名刹とされる寺にある。霊園はそれなりの広さがあり、多く
の墓が並んでいるが、お彼岸から近い時期ということもあるのだろうか、ほとんどの
墓が奇麗に掃除されて仏花が供えられていたので、何となくホッとした。あまり朽ち
た墓が多いと、ちょっと悲しくなるもんなあ。
曾祖父はオレが小学校高学年の頃に死去し、その後、曾祖母は関東に住む長女と同居
することになって引っ越したので、断片的な思い出しかない。一方で、大伯父夫妻は
じいさん・ばあさんの家の近くに住んでいたので、盆暮れと顔を合わすことも結構
あり、可愛がってもらった記憶がある。
墓参りに行ったところで死者が喜ぶわけではないし(喜べるのであれば喜んでほし
いが)、結局は生きている人間の自己満足の儀式なのだろうが、まあとにかく冥福
だの一族の繁栄的なことを祈っておいた。
息子が、会ったことの無い高祖父や曾祖伯父(※「そうそはくふ」と読む。曾祖父
の兄を指す言葉。今回の日記を書くにあたり、調べて初めて知った言葉)の墓を見
て何を感じたかは分からないが、こうしてご先祖様がいて、自分もその歴史とつな
がっていることが、少しでも体感できていれば良いなと考えている。
オレ自身は、長らく墓を持つことには否定的で、結婚して子供が出来た後も、自分
が死んだ後は散骨で良いと言っていたのだが、祖父が死去した際に、高野山にある
墓の相続についてひと悶着あり、結果、なぜかオレ(長女の長男)が相続すること
となった。その墓地には、現在のところ祖父と祖母、祖母の先祖が眠っており、相
続した以降は定期的に通っている。
いずれはオヤジやオカン、オレも入ることになるのだろう。将来、オレが入った後
に、息子とかが果たして墓参りに来ることがあるのだろうかと思うが、死んだ後に
把握できることでも無し。結局、その後を生きる人間が、自己満足のための儀式を
するかしないかというだけの話なんだろう。なーむー。