前回の続きです。
高校に入学してからは義務教育だった中学生までとは違い、勉強にやる気のある人が多かったので刺激になりました。
また、わたしの住むど田舎とは違い、都市部で裕福な暮らしをしている子が多かったです。
高校時代は片道2時間もかかるほど遠くに住んでいたため、自宅がバレる心配はあまりありませんでした。
そして、高校3年の時。
大学入学前に、奨学金の申請をしなければならなかったんですよね。
我が家は、もちろん奨学金の申請しないと大学には行けませんでしたから。
親の収入証明書を持って、担任と面談しました。
そのとき担任から、
「…えっと、お父さんとお母さんは、アルバイトかパートかな?」
と言われました。今も忘れません😅
当時は、なんでそんなこと言うのかな…って思いましたが、今になったらわかります。
提出前に収入証明書を見ましたが、
父の年収は、確か額面240万でした。
母は、100万ほど。
…世帯年収の手取りはいくらだったんでしょうか。5人家族でよく暮らしていたなぁと思います。
唯一の救いは、母から、
「こんなとこにいても就職先は無いから、勉強を頑張って田舎を出て大学に行きなさい」
といつも言われていたことです。
なので、大学は自宅を出て、都会に行く予定でした。
ありがたいことに無利子の奨学金の申込みは通り、わたしは旧帝大と呼ばれる大学に合格することができました。
ただ…ですよ。合格したところで、みんなが思い描いている花の女子大生とは程遠いものでした。
一人暮らしなんてできる余裕は無かったから、相部屋の古い古い学生寮に入りました。エアコンもありませんでした。
学費は、授業料免除の申請を半期ごとにしていました。生活費はアルバイトで稼いで、夏休みは昼間はコンビニ、夜は居酒屋と掛け持ちしていました。
アルバイト代で安くて可愛い洋服を買い、流行りのメイクをして、表面上は貧乏を隠していました。←隠せていたかはわかりませんが。笑
まわりの友人はこの大学に入学するため、小さい頃から塾に通っている子が多く、裕福な家庭の子ばかりで、可愛い部屋に一人暮らししていて…。
本当に本当にほんとうに羨ましかったです😭
「国立大学は貧乏人のための大学なんだから。」
と、母から聞いていたのに、全然話が違うじゃん!!と思っていました。笑
「サキちゃん、なんであんな古い寮に住んでるの?一人暮らししたら良いのに^^」
「えっ!?寮って2人部屋なの?わたしだったら絶対無理だよー!!」
と言われることは日常茶飯事。(笑)
貧乏で苦労したことのない友人にはわかるわけないですよね…。
わたしの一番の親友は、親が某大学教授で祖父が某大学の学長…というお嬢様でした。
新築の広い1LDKに住んでいて、
「こんな広い部屋いやだぁ。」
とよく言ってました😊笑
悪気なく言ってるのがわかるから憎めませんでしたけどね。(今も仲良しです。)
「お金が無いから」
ってこたえるのが恥ずかしくて、いつも笑ってごまかしていました。
さらにエアコンが無いなんて言った日にはみんなから同情されるのはわかっていたので、それも黙っていました。
救いは、当時の彼氏が1人暮らしをしていたので彼氏の家にたまにお世話になっていたことです。
もちろんエアコン完備でしたので、夏は避暑地としてちゃっかり過ごさせてもらっていました。笑
結局、大学生になってもやっぱり自宅(古い寮)がバレるのが恥ずかしかったです。
その後…
わたしは大学院に進学したかったのですが、大学院に進学することでさらに奨学金を借りなければならず。
これ以上借金が増えるのは嫌でしたし、はやく働いて稼ぎたいという気持ちが大きく、大学院の進学は諦め、就職の道を選びました。
みんなから、なんで?って聞かれましたが、理由を説明するのが面倒くさかったので、
「わたしもう勉強が嫌いになっちゃって。」
と言っていました。
当時、教授からは大学院に行かないことを反対され、何度も説得されましたが…
先生がお金払ってくれるわけじゃないですから。意志は固かったです。
ただ、これが結果的にはすごく良い選択でした。某メーカーに就職して、わりとすぐに同業他社の現在の夫と出会い、結婚に至りました。
夫は転勤が多く、わたしも仕事を辞めなければいけませんでしたが、わたしが働かなくても十分な給料をいただけました。
そして、そのような状況だったからこそ、
働かずに家で子どもをみながら司法書士試験の勉強に専念することができ、今に至ります。
続きます。