髪ing OB会&あんぽ柿作り

いつもは 都心のホテルか 地方での会も 今回は髪ing 60周年を来年に控え
原点をテーマに 皆んなが修業した保谷本店の セミナールーム(通称 道場)で開催した
社長がグルーミングを 吉田三晃がスタッフ教育他を近藤正則が現状の店舗展開を 各自1時間
私は一番短く これからの理容と免許制度廃止運動の怖さをお喋りをした
毎回弟子の成長の姿は驚くばかり あの手に負えないような子だったのに今、業界を引っ張っていく
師匠として これ以上の喜びはない
二日目は佐賀から野口壮史が地方でも頑張っている苦労話と成功までを三時間
彼は佐賀で 独立する時 必死にPRをして オープンの日には 有田市民全員が知る店となった
ロック歌手やったり 特別のキャラクターでとても経営者など無理かと思ったが店を命がけで繁盛店にした
遠くから集まってくれる弟子たち OBだけに余すことなく話してくれる
そして ここで刺激をもらってまた頑張る糧にする
1次会 2次会 三次会は???????。
去年に続き 大きな渋柿を12個 買ってきてあんぽ柿づくり
皮をむき 熱湯に一分消毒してから 一つづつヒモに巻き付けて吊るす
10日くらいしたら軽く揉み そして半月 美味しいつるし柿完成
中は柔らかくジューシィー あの渋柿がものすごく甘く なり口の中でとろける
お日様と寒風に晒されて 渋を甘さに変える自然の凄さに 感動を覚える
田中トシオ
2020カレンダー後半
パソコン得意な人はブログなんか簡単だろうが 石器人の私にはフリーズや転換など
パソコンと戦いで戦意喪失してしまい2度に分けた後半です
時代
祖父母は明治 大正 昭和で生き
両親は 大正 昭和 平成で生きた
私は 昭和 平成 そして令和と生きている
いつの時代でも 移り変わる世の中
「いまどきの若いもんは」があった
平成 令和産まれの子供たちも
元号が変わるころ 時の若者に
同じ言葉をリピートしていく
9月10月
私は多分 世界一競技大会で負けた男だと思う
どんなに練習しても入賞すらなかった
今年が最後と挑むが また負けた
20年近く 150 回くらい挑戦してようやく日本一になった
それから10年して世界一になった
獲るまで絶対やめない そう誓って挑んだ46才 夢が叶った
世界一負けたが 世界一あきらめのが悪い男だった
苦労重ねた友人が再婚した
仕事の鬼で笑顔も会話もなかったのが離婚の理由だと聞いていた
この言葉を描いてから 我が家にも全然足りないと気がついた
ありがとうも笑顔も
幸せ作る魔法の言葉だとわかっていても
今日も 笑顔でありがとうは難しかった
秋も深まり あちこちで雪の便りが届くようになった
我が家の柿の葉が紅くなり 葉を落とし始めた
季節は確実に移ろい 自然は何にも負けない芸術家となる
私には厳しい寒さはで毎年冬眠状態となる
カレンダー問い合わせは アルティに
0424 21 6511 担当白取まで
一部だと1500 円だが部数がまとまると かなりかなりお安くなります
お客様や友人にプレゼントでいかがですか。
コマーシャルでスミマセン
よろしくお願い致します
田中トシオ
田中トシオカレンダー発売
コマーシャルで恐縮です
例年通りの紹介です、写真ふちどりのカットできず相変わらず下手で申し訳ありません
お祝いの沢山の具が集まっておせち料理
若い人は意味も知らず食べている方も多いが 少しだけ解説します
海老は 腰が曲がるまで長生きに、カズノコは子だくさん、昆布は喜こんぶ、レンコンは見通し良く、
などなどの縁起物として引き継がれている。
天職
知も才も金も無く 生きるために選んだ職業
生き方も手先も不器用だったが
ただ 技を磨き 気が付いたら半世紀以上になっていた
お客様にも弟子にも恵まれ 子供も育った
この年になって職人仕事に誇りさえ持てるようになった
指に残るハサミだこは天職だったと言ってるようだ
三月四月
インタネットやSNSでポイントや割引特典がある
確かに新規は来てくれる
特典目当ては一回きり 無くなれば次の店に
失脚と常連の違いは 利用した人が
人に教えたいほどとても気に入ったこと
デジタルの世界より アナログの口コミは時代が変わっても
最高の集客カードになる
こころ模様
一人では淋しいが 二人ならケンカもある
いつでも相手のこころの空模様は気まぐれ
ほんの少しのきっかけで青空が大雨になり カミナリにも変わる
気づかいしても こころの天気予報はいつもハズレ
だから また晴れるまでじっと待とう
読むのも飽きてしまうので 七月以降のは次回にします (笑い)
つづく、、、、、。







表紙
1月2月
