田中トシオのあったかぁい元気
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2018年11月06日

田中トシオカレンダー発売

テーマ:ブログ

2019年カレンダー 恥ずかしながら私のカレンダー発売になり ご紹介させてください

写真は相変わらず下手でスミマセン もっと全然きれいです  汗汗

表紙

嬉しい目盛もあれば 高齢になると めでたくもあり めでたくもない おらが春  一茶 

よっつの季節 30の日々 24の時の刻み 絶対戻らない時間は有意義に刻みたい

恐竜みたいな鎧をまとい

剣先鋭い槍を持ち  強そに見させるが中身は水ばかりで弱い

でも砂漠で疲れた旅人のノドをうるおし花は心を癒してくれる

 

弱さとやさしさがあれば 強がっても私はサボテンでいい

 

花には若さ あっという間に過ぎ去り  樹には働き盛りの逞しさ

根には先祖からの命の継承 

 

花は散り  誰も振り向かなくいころ来春に備え成長している

 

花菖蒲は湿地

アヤメは陸地 カキツバタもアイリスも育ちも違うがただの名前違いもある

色も多種多様  ほかの花と衣装を競って姿を磨く

 

けどよりきれいに咲かすのは  自分の心を磨いた花

 

 

人の心は弱い

少しのことで傷付き少しのことで落ち込む

少しのことで喜び 少しのことで涙する

 

池に落ちた石なら浮かび上がれないが

池に落ちた人間なら浮かび上がれる

 

沈むだけ沈んだら 反動で大きく浮かび上がれる

人は石とは違うんだもの

 

若いというだけで大きな財産

それを浪費するか 元手に増やしていくか

若さは夢の投資金  夢は大きな利益をもたらす

 

若さは浪費するより 実りある夢に投資してほしい

目の前の小さな山を登るのは簡単

夢が大きければ決して平たんでない  石ころだらけも急坂も

道なき道で岩につかまり登る

 

山があるからじゃなく人は本能で上を目指し登る

苦しいほど達成感は強く大きい

 

休みながらでも良い  あきらめなければいつかたどり着く

 

田中トシオ

PS

いつも買ってくださいます人  一部だけ買ってくださる人

そんな仲間の皆さんに支えられ今年も発売することができました。

 

暮れのプレゼントして毎年楽しみに待ってくれてるお客様

毎年三万部を手に取って飾ってくれてるフアン一人一人に感謝申し上げます

 

一部からお買い求めになりますが部数が多くなるほどお安くなります

ぜひご検討ください。

 

申し込み、問い合わせは下記に

アルティコーポレーション 担当 白取

電話  0424_21_6511   URL :http:www.kaming.cp.jp/item/

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年10月10日

熊本アルバム

テーマ:ブログ

熊本全国大会

1年間の成果が始まりの終わりの日

ようやく宇田が入賞 実力がありながら迷いの日々

 

二人とも成長しているが

まだまだ若く発展途上で夢は来年に持ち越した

今回も一番大切な完成度目指したが 本番でミスが出ている

優勝作品は目立たないが完成度が高く減点が少ない

ずっと指導してた仲間の高田君のスタッフだが二人目のチャンピオンを育てた

後輩を教育する高田君はえらいよ。

 


全員で応援に。

一番嬉しかったのは

弟子の上原正弘が独立してスタッフも二人いて

上原の店で前日練習できたこと

 

ご存知の人も多いと思うが 彼は完全聾唖のしょう害を持っているが

カミングで修行して幾つも優勝して組合の東京大会、関東甲信越を二回優勝して

全国大会も二回準優勝している

障害をくじけず 誇りを常に持ち健常者の何倍も練習してた

 

地元に戻っても就職口もなく 困難を極めたが三年で自分の店を買って独立した

いつもメールでやりとりしてたが 久しぶりの出会いに 私の涙腺が弱くなった

 

 

 

阿蘇山神宮と高千穂神宮

翌日観光で訪ねた高千穂峡

熊本地震のあと阿蘇山を

訪ねた時は山の麓までしか入れなかったが 今回頂上まで行くことができた

こんな噴石ゴロゴロ

まだロープウエーは切れたままだし 多くの仮設住宅 閉鎖してる施設など震災の影響はあちこちに見られたが

復興しつつある姿も見いだすこともできたが 観光客はまだ少ない気がしたが

もう火口まで安全に行けるようになり雄大で火山の鳴動が聞こえるほどの大自然は一見の価値はある。

 

ふもとにはこんなセリの花が咲いてた

自然の生命力は間違いなく 息づいている。人間の生命力も負けてはいられない。

  田中トシオ

 

 

 

2018年09月19日

久しぶりの鳥取

テーマ:ブログ

鳥取は六回目かな、でも半分は一般企業や学校の教師だったり評判が良くて

再び教頭会 校長会などだった

どこも景気が良いとの話は少ない

けど嘆いても愚痴をこぼしても状況は好転しない

 

自らの稼ぎで飯を食う。それができるのはこの仕事

先日もテレビで100才の現役が紹介され まだ鋏を握り店に立つ

 

その為に若者は未来のために大改革 年配の方にはちっちゃな改革から

自分を守るお客様増のやり方 そして生きがいの自覚が楽しい人生をと講演した。

地元の戸崎さんや関係者がとても親切で 日帰り予定が一泊することになった

なぜか左端は山口県の倉繁君  ナショナルチームメダリスト、私の講演があると知り

 下関から六時間かけて来てくれた

 

泊りは初めてで鳥取のことは知らなかったが沢山の魅力があることを知った

 

楽天から取ったチケット せめて良い温泉と良いホテルと三朝温泉依山楼岩崎、

楽天でここは老舗の天皇陛下が止まったホテルとしってとった。

 

部屋に通されビックリ  陛下の泊まった部屋は一般客に開放してないのに

そこに案内された。エッ こんな部屋はチョイスしてないよ・・・。すぐ気がついた・。

それは偶然に戸崎さんと社長が旧知の仲、私のことを話て部屋を変えてくれたのだと。

 

ありがたい。

 

翌日いろいろご案内してくれた。

ここは水木しげる生誕地 至る所に一反木綿やぬり壁、目玉おやじやねずみ小僧が

延々と続く、もうどきどきの連続

鬼太郎ロードの記念館  沢山の中にデビューしたての頃の作品を見つけた

 

東京に来て母は貸し本屋を始めた昭和32年ころだった

私の夢は漫画家だった。幸せの漫画を片っ端から読み漁ってたあのころ。

劇画本のさいとうたかお、つげ義春 辰巳よしろう、寺田ヒロオなど売れない中に

水木しげるの戦争物もあったのを覚えてた。

見つけた

その後おどろおどろした不気味な漫画から墓場の鬼太郎からゲゲゲの鬼太郎へと

ブレークした。その彼は戦争で左手を失くし右手一本で戦争体験を漫画にしてた。

 

貸し本は利益が出ず1年もしないで借金を増やし 駄菓子屋を始めたが儲からなかった

 

鳥取といえば砂丘 砂漠なのにあちこちで緑の草原化している

自然が広大な砂丘を作り 人の気配で腐葉土が加わってるのか

いずれ砂丘は消えるかもしれない

 

近くに砂の美術館が出きててのぞいた。

沢山の砂像が崩れす゛美術品として鑑賞できる感動物だった。

ノルウェーにある人魚像 私も本物を見たがちっちゃの像が海辺に

あったがその三倍位はあった。

 

最後にべたぶみ坂

ここにあるとは知らなかった

 

鳥取と島根を結ぶ べたぶみ坂

若者から老人の道のりはべた踏みしてもやっと登れる位厳しい

しかし登りきらなければ落ちて行くだけ

 

私もよろよろしてつまずきながら 息を切らしながら登りきる人生

まだまだ登りがあるだろう。

 

田中トシオ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

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