年に二回ほど、だいたい春と秋に、どちらからともなく連絡を取りあつて酒を飲む学生時代の友人がゐる。

銀座の古いバーのカウンターに並んで腰をおろすなり、彼は内ポケットに手を入れて、「この近くらしいけど、こんど付き合つてもらへないか」と白い封筒を取り出した。

鳩居堂の豪壮な和紙の封筒に、まさに墨蹟あざやかといふべきか、のびやかな筆遣ひの宛名書きは、「様」のハネや払ひに勢ひがあり余り、一見、戦国時代の武将の筆跡みたいだが、差出人をみると女性の名前だつた。

「何、これ」
「まあ、読んでみて」

五年前まで私立大学で政党政治論を講義してゐた元教授も、すでに「後期高齢者」のゲート入りしたといふのに、さう言つて、うぶな少年のやうに華やいだ目をみせる。

便箋の巻紙も「鳩居堂」のネーム入りで、コウゾかミツマタか知らないけれど、粗野な紙漉きの痕跡をわざと遺したおごそかな和紙で、紙自体に只ならぬ重みがある。

そこに綴られた文字もまた、麗筆といふよりは、筆の運びに男勝りの侠気のやうな激しさがみなぎつて、巻紙を広げるほどに気圧(けお)される感じがあった。

書かれてゐることは、何てことはない。このほど銀座六丁目に小料理屋を持つたのでぜひお会ひしたい、といふ飲み屋の女将のありきたりなお誘ひである。

「誰なの、この女性」
こちらの当然の問ひに、少年の目が一層かがやく。

聞けば、赤坂の有名料亭でひらかれた教授会主催の恩師の古希の宴で芸者の彼女と知り合ひ、彼がしやべる「政党政治とは策謀の歴史」といふ話に、日ごろお座敷で国会議員を相手にすることの多い芸者が興味をもち、それから何度か食事を共にしたといふ。

「食事だけ?」
「うん、残念ながら。……惜しいところまで行くことはあつたけどね」
「こんどこの店へ行けば、惜しいところの先まで行けると期待してゐるな」

少年の目は否定しない。それならぼくを連れて行くことはない。一人で堂々乗り込めばいいぢやないか。

「もう何年も会つてゐないから、突然こんな手紙をもらつて、何となく一人ぢや行き難いんだ。付き合つてくれよ」

ぼくの手から封書を取り戻し、「それにしても、芸者あがりにしては筆が立つよなあ」と彼はあらためて封筒や巻紙をながめてゐる。

筆が立つかどうかはにはかに判定できないものの、この手のお誘ひも今はメールや電話がほとんどで、封書に筆といふのがめづらしいのは確かだらう。

元赤坂芸者はその風潮を逆手にとり、客が注目し有難がることを計算のうへで、わざわざ和紙に墨を使ふ。元大学教授はみごとその術策に引つかかつてゐる。

「彼女の筆が立つのはいいとして、キミの筆の調子は最近どうなんだ」
混ぜ返してその話を終はりにした。
 舞台は続けてゐるものの、このところテレビではあまり顔を見かけなくなつたヴェテラン女優が、久々にインタビュー番組に出演し「女性の生き方」とか「若さの秘訣」のやうな人生論を語つてゐる。

 「あら、ちよつと見ないうちに、ずいぶん老けたわ、この人。昔は綺麗な人だつたけど」

 調理台の横からテレビをのぞいた家人が言ふ。
「でも、仕方ないのかな。この人ももういい歳でしよ。幾つになるかしら」

歌謡番組で「懐かしのメロディー」を歌ふ往年の演歌歌手を見ても、同じやうなことを言ふ。

「昔はここで思ひきり高音を張り上げて、それがサビだつたのよねえ。もうあの高い音は出ないのね。仕方ないのかな」
さう言ふ表情には、どことなく歓喜の色さへただよふ。

みんな同じやうに歳をとる、これだけは生来の才能や美貌を超越する万人共通の掟であり、その紛れもない証拠がいま目のまへにあるといふ感慨には、七十歳を超えた女の、言ひやうもない自己肯定と満足感が、晩秋の早朝、いつしらず小池をおほふ薄氷(うすらひ)のやうに浮かぶ。

十月の初め、近所の花屋で店員任せで一束買ふと、中に季節のリンドウが入つてゐた。

島倉千代子が「リン、リン、リンドウは濃紫」と歌つたやうに、リンドウといへば普通は紫いろだが、この花は激しいワインレッド色で、下の方に少しピンクが混ざつた、一言でいへば赤い花である。

中年の女店員に「リンドウにはこんな色のもあるのですね」と聞いたら、
「最近開発されたバイオ技術による新品種で、レッドワンセトといふ名前が付いてゐます。強烈な赤の発色と、花期の長いのが特徴です」
と教へてくれた。

店員の言ふとほり、さすがバイオ種。花瓶に差して玄関に飾つたら、ほかの花は十日ほどで萎れたり変色して抜かねばならなかつたのに、このリンドウ一本だけ、半月過ぎても二十日たつても枯れない。

花火の火が下から左右に爆ぜながら登つていく風情の、やや野卑な尖つた葉むらもいつまでも健在で、葉と花の、激越な緑とビロードのやうな艶冶な赤との競演はすでに一か月半近くもつづく。

「何て言ひましたつけ、このリンドウ。凄いわねえ、まだ衰へない」

その表情には、ヴェテラン女優を評するときの余裕はない。どちらかといへば妬みの顔に近い。

美への嫉妬はおそろしい。その昔、京都・金閣寺の美しさをやつかんで火を放つた修行僧もゐた。

「枯れるまで飾つて置かうか。いつまでもつか楽しみだ」
家人の返答はなかつた。
ケヤキやスギ、クヌギなど、古木がつらなる官幣大社の参道沿ひの静穏な住宅地に、近年、古い住宅の取り壊しが目立つやうになりました。

黄色いブルドーザーがきのうまで老夫婦が住んでゐた部屋の空気を丸見えにしながら、壁や窓をバリバリッとなぎ倒していくと、二、三日でそこは水道栓だけが残された更地となり、さらに数日すると、不動産業者の電話番号が大書された「売地」の看板が角に立ちます。

住人の高齢化が進み、国際的にみても際立つて高い日本の相続税を払へない遺族が土地を売りに出したのかどうか、よそ様の内情までは分かりませんが、さらに半月もすると、その空き地にはわがもの顔で雑草が繁りはじめるのです。

ことし目につくのは、その雑草を退治するためでせう、更地一面にびつしりと灰色や黒のビニールシートが敷き詰められるやうになりました。

漏れ聞くところによると、折から秋の長雨もあつて、まさに傍若無人、猛々しく人の背丈ほどにも伸びた雑草の原に対して、散歩中の犬が糞をするとか、大量に虫が発生して不衛生だとか、近隣から苦情が出たさうです。

ビニールシートで全面を覆つてしまへば、陽光が遮られて草は枯れるでせう。

ぼくも雑草に苦しめられてゐます。五十坪ほどの庭ですが、門扉から玄関まで、ところ構はず執念深く生える草の処理は、毎年、夏から秋にかけて最大の悩みです。

老後はマンション暮らしのほうが楽かなあと本気で考へることもあります。

拾遺和歌集に、知られた歌があります。

やへむぐら しげれる宿のさびしきに
    人こそ見えね 秋は来にけり  (恵慶法師・えぎやうほうし)

「やへむぐら」は八重葎で、いたるところに生ひ茂り、たちまち藪をつくるツル草。

こんな風に八重葎に囲まれてしまつたみすぼらしいわが家には、もう誰も訪ねては来ない、といふお坊さんの嘆きの歌です。十世紀のころから、人は雑草に苦しめられてゐたのです。

ちなみに、ぼくは「草の根〇〇」といふことばにも嫌悪感を覚えます。

今をときめく野党第一党・立憲民主党の枝野代表は、ふたこと目には「草の根からの政治」と言ひますが、「草の根」ほどタチが悪いものはないといふことを知りません。

「草の根」を信用して任せてゐたら、政治はエゴイズムの繁茂と臭気に追ひまくられ、結果、大衆迎合に陥らざるを得ません。

雑草は生活の敵です。正しいことを言つたのに足を踏み外す因(もと)となつた「小池ボキャブラリー」をお借りすれば、人間にとつて雑草は「排除」しなければいけないものです。