二階の書斎の窓にかかるカヘデの枝の先端部が、一か所激しく揺れた。
釣りのとき、とんがつた縞模様のウキが突如、水中の小魚の隠微なアタリに感応して神経質に上下動するやうに、枝先の、赤い新芽で盛りあがつたところだけが不自然に痙攣する。
アタリだ。そこに何かがゐるシルシだ。
耳を澄ます。数秒もすると、どこか天空から聴こえてくる管楽器の幽玄な音色のやうな、「ホー、ホケキョ」が窓硝子を透してとどく。
毎年、わが家の春の目覚まし時計であり風物詩であつたウグイスの訪問が、ここ数年とだえてゐた。
鳥の世界にもコロナの緊急事態で外出禁止令が出たか、あるいはわが家を贔屓にしてくれたウグイスの一族が絶滅したかと諦めていた。
四月初旬の昼下がり、ふいにウグイスの啼き声が庭に戻つた。
かつては三月中旬が「初啼き」の定番だつたから少々遅いし、午後に聴くのもめづらしく、それだけに新鮮だつた。
最初は啼き方が完成されてゐなくて、「ホー」や「キー」の助走だけで終つたり、「ケキョ、ケキョ」を繰り返すだけだつたりしたが、一週間もすると一人前にひとふし啼けるやうになつた。
何かが旧に復するといふのは、人にやすらぎを与へる。
コロナ禍からの復活の兆しが身辺にあれこれ粒だつてきた。
現役のころから四十年間、週に一度は通つてゐた四谷荒木町の「藤寿司」が、歳には勝てず二年前に店を閉めたオヤヂを継いで、四十代の息子が同じ看板「藤寿司」を掲げて近所のマンションの一階で開店するといふ案内がメールで来た。
ときどきここへ連れて行つてゐた娘に知らせると、たまたま息子と同い年の娘はすぐに電話して、「近々、父と行きます」と約束したといふ。
酒は提供できない、営業は夜九時まで、などといふ感染予防の制約から、お寿司屋さんもやつと落ち着きを取り戻したらしい。
「ゴールデンウイーク明けにでも、例の会を復活させませうか」
とメールしてきたのは、もう五十年近くになる付き合ひの飲み仲間である。
「五人の会」と名づけ、毎月一回、新聞記者の先輩後輩交代で、日時を打ち合はせ、店を選び、通知する。ここ二年ほど休んでゐた。みんな傘寿に近い。
「疫病は大丈夫かな。東京都の感染者はあまり減らないみたいだけど」
と返信する。
するとたちまち、
「そんなこと言つてゐたら、飲み会なんて永久にやれないです。やれるときにやらないと、我々には時間がないのですから」
と後輩に叱られた。
旧に復すれば復したで、訪れるのはやすらぎばかりではなささうだ。
