自民党二階派の二階俊博氏が、3月末、折からの政治資金問題で「次の選挙に出ない」と引退宣言した記者会見で、某ローカルテレビ局の中年記者が「引退の決意には年齢が関係してゐますか」と質問した。

 

これに対して85歳の二階氏は、思はず逆上して「バカヤロー」と言つた。

 

ふだんの会話ならともかく、政治家が公的な場で「バカヤロー」を口にするのはタブーである。

 

古くはざつと70年前の1953年、衆院予算委員会で、吉田茂首相が社会党の西村栄一氏の質問に「無礼だ。バカヤロー」と捨て台詞を吐き、これがきつかけとなつて内閣不信任案が可決され、衆院解散となつた、いはゆる「バカヤロー解散」が有名だ。

 

当時現場にゐた記者の話では、答弁した後の“つぶやき程度”だつたさうだが、予算委員会のマイクはこれをちやんと拾つてゐた。

 

「バカ」とか「バカヤロー」は人が感情的になつた時に発するありふれた言葉だから、全国にはこれに類する方言は数多い。

 

ネットで調べただけでも、関東の「バカ!」、関西の「アホ!」を筆頭に、山形や九州の「あんぽんたん」「あんぼんたん」、中部地方の「たわけ」「たーけ」「あんごー(暗愚が語源?)」、北陸の「だら」、日本海側の「だらず」「だらじ」、九州の「べかたん」「しちりん」「にとはつじゅ」、沖縄「ふらー」、北の方では、北海道「はんかくさい」、青森「ほんじなし」宮城「ほんでなす」もあり、ある程度広範囲に使はれてゐるものだけでも30語は下らない。

 

二階氏は和歌山の出身。「馬鹿」の方言地図では「アホ」の地域だから、一生一度の引退会見で、なぜ故郷の言葉を使はずに、東京言葉を使つたのか。

 

永らく永田町にゐて、もはや心は故郷より東京・永田町に移つてゐたといふことか。

 

この「バカヤロー」発言の前に、二階氏は記者に言ひ返す形で、「お前もその歳が来るんだよ」と言つた。

 

もしこの場で、「バカヤロー!」ではなくて「アホ!」とつぶやいて会見を閉ぢてゐたら、評価は大きく変はつてゐたかもしれない。

 

質問した記者の所属するテレビ局は二階氏の地元の和歌山にある。同じ「アホ」圏だから意は十分通じたはずである。

 

吉田首相も「バカヤロー」ではなく、たとへば奈良県出身の西村議員相手だから「アホ」とつぶやいてゐたなら、ことは衆院解散にまで進展しなかったのではないか。

 

「バカヤロー1」と「アホ!」の違ひは大きい。聞いた人が受ける印象がまるで異なる。

 

濁音のない「アホ」には、なんとも間の抜けた、いはく言ひ難いお国訛りの放胆、寛恕、ユーモアがある。

 

お国ことばは貴重な日本文化の一つといふしかない。

 

 

日本のプロ野球開幕戦の巨人―阪神戦をテレビで観た。

 

ほかならぬジャイアンツの会社で41年間働いてゐたから、この時季になると東京ドームの開幕戦のチケットがあんがい容易に手に入り、毎年観に行った。

 

ことしの開幕戦は4―0で巨人が楽勝、阿部監督の初陣を飾ったが、試合としては凡戦で、盛り上がりの少ない試合だつた。

 

とくに痛感したのが、スター選手のゐないゲームの退屈さである。

 

ことしは大谷翔平人気の大リーグの野球を早くから見慣れて、“スーパースター”が打席に立つ瞬間の感激を味はつた直後といふ事情もあつて、日本のプロ野球が妙に白けて、平板で、面白みに欠ける気がした。

 

これは偏(ひとへ)にスパースターがゐないせゐで、次打者席に入つた瞬間からスタンドが炎上して、異様な歓声、拍手がわき起きる、あの大リーグの興奮がない。

 

いま日本球界にはスーパースターがゐない。「昔の名前で出てゐます」の選手はゐるが、いづれも三十路がらみになつて、少々手垢の付いた「元スター選手」ばかり。数チームを渡り歩いてよれよれの顔もある。

 

開幕戦でピッチャーをつとめた巨人の戸郷翔征は、一応ことしの新人の目玉だが、まだ海の物とも山の物とも見極めがつかない。第一、パフォーマンスにも発言にも華がない。

 

近ごろ日本にスーパースターがゐないのはスポーツ界だけに限らない。

 

政界はいふに及ばず、芸術、音楽、演劇の世界などでも、さらには文学の世界でも、「ことしの紅白出演間違ひなし」とか、レコードや著書がミリオンセラーとなつて後世にその名を残すであらう俊傑した芸能人や作家が出現しない。

 

これは今の日本がことさらスーパースターを必要としないといふことなのか、あるいは、今の日本がスーパースターを押し潰してしまふのか。

 

小学校の運動会で1番2番を付けないといふやうに、よろず「平等」「みんな同じ」を旨とする日本社会は、政治的にはヒットラーの出現を防ぐ安全弁の機能を有するが、他方、大向かうが狂喜乱舞するスーパースター誕生を阻害するのだらうか。

 

百万人の落伍者も作らないが、一人のスーパースターも作らない。

 

その結果、日本を出て世界で活躍する「日本人のスーパースター」はゐても、肝心の日本にスーパースターが生まれない。

 

全員同列――思想信条によつては、これはこれで結構なことなのかもしれないし、それが民主主義といふものなのかもしれないけれど、ぼくのやうにミーハーの俗人からすると、スーパースターのゐない日本は、鼻のないお面のやうにおぞましく、捉へどころがなく、ツマンナイ。

 

またやるな、と思つた。

 

飲み会の最後に、あるタイミングが訪れると、その男は決まつてトイレに立つ。

 

いつも薄紫のサングラスを外さない。

 

現役時代に同じ新聞社にゐた仲間。いまや禿げたり白髪となつたりの八十年配が七人、三寒四温の中、久々に一杯やらうといふことになった。

 

もう少したつてから、上野の桜もいいのではといふ声も出たが、結局、善は急げの気持ちがまさつて、三月上旬、日本橋人形町の路地裏に嬉々として集(つど)つた。

 

いまでは夜の飲み会もめつきり減つた老人たちは、春宵の二時間半、小料理屋に毛の生えた程度の店でわいわい懇談した。

 

かういふ会では、最後に「なんとなくお開きか」といふ“潮時”が訪れる。

 

相撲でいふ「立ち合ひ」の呼吸みたいなもので、ほどほどに酒が回り、つまみで腹が満たされると、あとは電車に乗つて帰るだけだ。

 

トイレに立つたサングラス男はなかなか席に戻らない。

 

だれも気にもしないで、静かに五,六分待つ。

 

飲む酒が切れてからの時間は長いが、十分しても男は現れない。

 

彼はその場ではいちばん若い。といつても大学にストレートで入つたか浪人したかの違ひだから二歳も差はないけれど。

 

最年長の痩身が、しびれを切らして女将を呼び、レジを締めるよう依頼した。

 

勘定書きが来る。サングラスはまだ戻らない。

 

六人は勘定書きをのぞき込み、それぞれ財布を取り出して、暗算で割り算した大よその金額を用意する。

 

サングラスはまだトイレである。

 

さらに数分あつて、とりあへずその場にゐる者が千円札などを出し合ひ女将に手渡した。

 

「外は寒いだらうな」

 

コートを手に取り、帰り支度を始める。早くも席を立つ者もゐる。

 

まさにその瞬間を狙つたかのやうに、サングラスがそつと席に戻って来た。

 

すでに一人二人と出口に向かつて歩いてゐる。

 

店を出て、老人たちは地下鉄の方向へほろ酔ひの足を進めた。

 

「今の会計はいくらだった?」

 

後ろの方から、サングラスの男が財布を手に訊ねた。

 

いまさら七で割る計算をし直すのは面倒くさいから、誰も何も言はない。

 

なんとも気まずい沈黙だが、その空気を破る者はゐない。

 

口にはしないけれど、みんながサングラス男に対して「またこの次でいいよ」といふ空気になる。

 

これは八十男の矜持といふべきものだらう。

 

こんなことが何度繰り返されたことか。サングラス男は次の会でも同じことをやるにちがひない。