毎晩、寝る前にニュースのチェックをするのはスマホである。1つの見出しについて6,7行程度の短いインデックスを読む。
 
 「ドイツの自動車会社ビー・エム・ダブリューの元社員の48歳の女性が、25億円の商品券を詐取、換金したとして警視庁に詐欺の疑ひで逮捕された」
 
 それだけ読んで、次の項目に進み、スポーツからエンタメまで全部目を通して、スマホを枕元に置いた。
 
 寝入つたところで、友人から電話が入つた。
 「八千代ちやんが警視庁に逮捕されたの知つてますか」
 いつもやや斜に構へ、落ち着いたポーズをとる還暦間近の男が興奮してゐる。
 
 「八千代ちやんつて?」
 「ほら、いずみ会の八千代ちやんですよ。木村八千代ちやん」
 「ああ、車のセールスやつてる女性ね」
 「さう、ーーあの八千代ちやんがけふ、詐欺で警視庁に捕まつたんです」
 
 ここで初めて気がついた。自動車会社、女性社員、詐欺、警視庁、逮捕ーー先ほどスマホで見たニュースと重なり合ふ。
 
 その友人は19歳のとき、ぼくが主宰してゐた同人誌に加はつて以来の長い付き合ひで、10歳ほど後輩だが、僕がお茶の流派・江戸千家の茶会に誘ひ込み、茶の仲間との濃い付き合ひを始めて30年ほどになる。「八千代ちやん」はわが流の女性師範の友人である。
 
 当時、BMWのセールス・ウーマンの八千代ちやんは、茶会のあと、若いメンバーと2次会、3次会に流れることが多かつた。バブルの最盛期だ。朝方までディスコで踊り狂ふこともあつた。
 
 わが家の庭で催す4月の花見にも何度か見えた。いつも宴の終了間際に駆けつけてくるのだが、毎年異なる赤や白のBMWを門前に乗り付ける。ほどほどにワインを飲むと、周囲をひやひやさせながら車で帰つて行つた。縦にも横にも大柄な女性で、話しぶりもファッションも派手好みだつた。
 
 旅行会社の商品券をBMWの名前で膨大な数を発注、換金、支払ひ、また発注といふ自転車操業をくりかへし、累計25億円にも及んだといふ。一昨年末にBMWを退職し、茶の師匠には「こんどは保険会社に入社する」と格好をつけてゐたらしいが、今になつてみると、社内で疑惑の噂が高まつて退社を余儀なくされたのではないか。
 
 僕は就寝前のニュースチェックで、八千代ちやんの話を見落としたのが不本意だつた。後輩の友人から電話をもらつて知つたといふのが面目なかつた。
 
 それもこれも、見出しに「BMWの女性社員」とあればピンと来たか、気をつけて記事の続きを読んだはずである。 日本法人の正式名称には違ひないが、「ビー・エム・ダブリュー」が良くない。
 表音文字で、それ自体に意味を持たないカタカナだから見落とした、なんてカタカナに八つ当たりしてゐる。
 
 電気街のアキバからJR総武線に乗つて一駅行くと、浅草橋といふ駅がある。人形や手工芸の問屋街として知る人ぞ知る町だが、駅の東の隅田川沿ひは昔から「柳橋」で名を馳せた粋な町である。
 
 高架下の駅を出ると、高架を挟んで南側と北側にはいまも「昭和」の匂ひがする縄のれんが並んでゐる。餃子屋がある。ヤキトンの店がある。焼鳥もあればおでん屋もある。店に入れば、茶色の大型鞄を脇に置いた、あの「寅さん」が一杯やつてゐさうな空気が漂ふ。
 
 そこより数駅千葉寄りの亀戸で小さな講演会があり、主催者に誘はれて夕食を済ませ、西行きの総武線に乗つた。浅草橋といふ駅のアナウンスを聞いて、衝動的に下車した。河豚屋「きた川」を思ひ出した。
 
 人形町の割烹で修業した板前が独立するのに、浅草橋駅に近い路地の小料理屋を居抜きで買つたのだが、やはり浅草橋に河豚屋は似合はなかつた。4年前の春、僕がリタイアする数ヶ月前に店を閉め、現在は都内でタクシー運転手をしてゐる。
 
 人形町のころから馴染みの板さんだつたので、芋焼酎「森伊蔵」の一升瓶を持ち込んだりして毎日のやうに通つた。あの店があつた場所はどうなつてゐるだらう。
 
 店のあつた路地はほとんど以前と変はりない。隣りのヤキトンはいまも外まで人があふれてゐる。「きた川」の後は蕎麦屋になつてゐた。福井県出身者のやうで、「越前おろしそば&ふくい伝統食」といふ幟が立つてゐる。
 
 講演会の主催者とワインを1本づつ飲んでゐたので、折角の蕎麦屋だがもうあまり飲めない。看板商品のおろし蕎麦と、「黒龍」の2合銚子を注文する。
 
 奥で坊主頭に手拭を巻いた四十男が蕎麦をつくり、還暦は過ぎてゐると思はれる女性がお運びをしてゐる。
 
 「東京の人に福井の蕎麦を食べさせたいと息子が言つて聞かないので、故郷を出て来ました。この歳して東京で暮らすなんて思つてもみなかつたんですけど」
 
 小柄で痩せた、見るからに人の良ささうな、どこにでもゐさうな母親だ。五十過ぎに旦那に死なれ、以来息子夫婦と生活してゐること、福井の蕎麦は東京の人には硬すぎないか心配なこと、開店して1年だが、いつまでやれるか……と、他に客がゐないこともあり、テーブルの横でしゃべり続ける。
 
 もう1本飲みたくなつたが、帰途を考へると酔つ払ふわけにはいかない。母親に勘定を渡し、コートを着て外に出る。
 
 浅草橋駅の暗い改札を入り、総武線の西行きホームを確認して二つの階段を上がる。現役のころはもつと楽に上がれたなと思ふ。鞄は今より重かつただらうにーーとそこで初めて気がついた。鞄を蕎麦屋に忘れてきた。
 
 階段の方向へ向き直つた瞬間、
 「お客さ~ん!忘れ物で~す!」
 と先ほどの母親が階段をのぼつてくる。手には僕の鞄を持つてゐる。
 
 下で駅員に事情を話すと、笑つて改札を通してくれたといふ。僕が気がつかずに電車に乗つてしまへば無駄足になるところだつた。
  やはり浅草橋には「寅さん」の時代が生きてゐる。また寄ることになるなと思ふ。
 「6人以上が一か所に集まることを禁止する」
 
 近所の小学校の6年生担当の女性教師がこんなお触れを教室に出したといふので、親たちの話題になつてゐます。
 
 30歳代のこの先生、ホームルームの時間のたびに児童から鋭い質問を受けるさうです。
 「先生はなぜ、ひまな時間に教室に居てくれないのですか」
 「先生はなぜ、私たちの質問に答へてくれないのですか」 
 「先生はなぜ、すぐ怒鳴るのですか」
 
 質問する児童に対し、女性教師は男女を問はずぢつと睨みつけ、その後無視するといふのです。児童がさらに発言しようとすると、「そんな質問に答へる義務はありません!」と大声を出す。
 
 授業参観日の懇談で、ある母親が「先生はもつと教室で子供たちと話し合つて頂きたい」と注文したら、「ここは教育の場です。話し合ひをする場ではありません。話し合ひは家庭で存分になさつてください!」と怒りをむき出しにされたといひます。
 
 女性教師が「集会禁止令」を出したのは、児童たちが数人集まると、常に自分の悪口を言つてゐる、次のホームルームのネタを謀議してゐる、と不安になるからだらうといふのが親たちの見立てです。
 
 小学6年生と議論もできない先生といふのも情けないですが、最近の学校では、かういふ「議論拒否」型の先生が増えてゐるのかもしれません。
 
 いや、学校にとどまらない。「議論拒否」症候群は社会全体に蔓延してゐる気がします。テレビの討論番組でも、国会の委員会審議でも、ほとんどが本来の意味の「議論」を拒否して、わがままな自己主張と自己宣伝に終始してゐます。
 
 雑誌や新聞を舞台に、評論家や作家が一つのテーマについて繰り返し意見を述べ合ふ、いはゆる「大論争」が姿を消してしばらく経ちます。現代人は「議論」の体裁を装つた討論会、名ばかりの「ディスカッション」は好きですが、本当の意味の「議論」は好きでないし得意でないのかもしれません。
 
 「議論」とは本来、相手の言ふことを十分聞き、理解し、咀嚼し、その上に自分の意見を付加して、さらに相手の意見を待つ。この繰り返しであるはずです。勝つか負けるかではなく、議論の結果、そこに新しい視点なり視野が生まれれば、それが双方にとつて「実り多い議論」といふもので、自己主張や自己宣伝は「言ひ争ひ」、良く言つて「講演」といふべきでせう。
 
 テレビの討論番組のやうに、相手の発言も終はらないうちに、それに負けない音量で相手の論旨を真つ向から拒絶しようとするのは、いかにも幼稚だし、はたで聞いてゐて醜いだけです。
 
 内心、「6人以上の集会は禁止」と言ひたい人間が、言論界にも政界にも会社にもゴロゴロゐるのではないでせうか。