例年いまごろは、門から玄関までのコンクリートの打ちつ放し通路の頭上を、橙色の無数の花で飾つてくれたノウゼンカヅラの棚が、ことしはなぜかさつぱりです。
 
 木は2本並んでゐて、1本にはぽつぽつ咲いてゐるものの、例年とは違ひます。もう一方の木には全く花が咲きません。まるで半身不随のやうに、半分から手前は緑の葉つぱだけが旺盛に繁茂してゐます。
 
 葉つぱを生やした枝がするりと伸びて、枝先に傘状にツボミをつけるのが普通ですが、ことしはどの枝も、傘状に五、六個づつ付いたつぼみが、すぐゴマのやうに黒ずんで、咲かずに落ちてしまふのです。
 
 棚に仕立て上げてから15年ほどになるでせうか。初めてのことです。
 原因は分かりません。例年と違ふことといへば、もともとノウゼンカヅラには微小なアリが群生するのに、ことしは一匹もゐません。その近くにあるミカンの木にも、ことしは同じアリが認められません。
 
 アリがゐないといふ異変からふと思ひ出したのは、ことしも五月ごろ、庭師に庭全体を殺虫消毒してもらつたことです。
 
 庭の西側に枝垂桜の大木があり、放置しておくと大量に毛虫が発生するので、毎年、葉桜になるころを見計らつて消毒してもらひます。
 
 消毒薬のタンクを積んだ小型トラックが門前まで来て、そこからホースを伸ばし、枝垂桜のほか松やモッコク、モチ、ヒメシャラ、マンサクなど、虫の付きやすい庭木に重点的に薬を噴霧します。
 
 2階の書斎から見てゐたら、ことしはとくに枝垂桜に繰り返し吹きかけてゐました。ノウゼンカヅラは通路を挟んで枝垂桜の向かひにあるのです。
 
 庭師にきこえたら困りますが、ノウゼンカヅラの元気がないのは、もしかしたら過度の消毒のためかもしれないと考へるやうになりました。
 
 木や花の健全な成長を願つておこなふ消毒のために花芽が破壊されたのだとすると、なんとも皮肉なことです。虫を殺さうとして、花まで殺してしまつたのでせうか。
 
 なにやら今の政界の花の少なさを連想します。有権者がおカネや女のスキャンダルに消毒薬をふりかけ過ぎたために、花のある、つまり器量のある政治家が死んでしまつた。
 
 森進一の演歌「花と蝶」ではないけれど、虫が死ぬとき花も死ぬ、スキャンダルが死ぬとき政治家も死ぬ、でせうか。
 行き付けのバーのマスターが、めづらしく神妙な顔をして僕の前に立つた。カウンター席に腰を下ろした直後だつた。
 
 「こんなこと、まことに言ひづらいのですがーー」
 
 まだ早い時間で、客は僕のほかに誰もゐない。バーとは言つても二階はイタリアンのレストランで、一階がバーカウンターになつてゐる。もう15年ほどの馴染みだ。
 
 「こんど、店内ではお客さまに帽子は脱いで頂くことになりました」
 
 僕はいつも帽子をかぶつてゐる。スーツのときは中折れ帽、ふだん着のときはハンティングかベレーか野球帽、夏ならパナマもかぶる。リタイア後はとくに帽子にこだはるやうになつた。その日はたまたま黒の野球帽だつた。
 
 「ほう、帽子禁止令ですか。なんで?」
 
 おほよその推測はついてゐた。
 アラフォー世代のマスターだが、この店の権利を居抜きで買ひ取つたのはほとんど父親の資金だつたらしい。某大手印刷会社につとめてゐた父親が退職金を注ぎこんで、息子をオーナーに仕立てたのである。
 
 70歳を超すこの父親は、カネを出してゐるから口も出す。道路側に面したガラス窓の、季節ごとに変へる造花などの飾り付けも、父親が業者を呼んであれこれ注文を出す。
 
 「オヤヂが言ふんですよ。ウチは二階で食事もお出ししてゐるし、第一、お店はお客さまに寛いでもらふところだから、帽子は脱いでもらつた方がいいつて」
 
 「で、あなたはどう思ふの?」
 マスターはなぜそんなことを訊くのかといふ顔をする。
 
 「さう言はれてみると、私もさうかなつて思ひますよ。若い人のキャップも、女性の帽子も、全部ぬいでもらふことにしました」
 
 高校を卒業して20余年、バーテンダー一筋に生きてきた男である。腕は悪くない。もう少し自分の営業哲学のやうなものがあるかと思つたが、何から何まで父親に依存しつぱなしで来たらしい。
 
 「さうかなあ。帽子といふのはさういふものではないと思ふけど、お店の方針がさうなつたのなら仕方ないね」
 すぐ席を立つのも角が立つから、マティーニのドライを一杯飲んで店を出た。
 
 本当は帽子を否定されたのがイヤなのではない。40歳にもなつて父親に全面服従の息子が情けないと思つた。わが長男とほぼ同じ年頃である。
 消費税引き上げ法案をめぐる民主党内と、与野党対決の二つの政争で、このところ久しぶりに政治の季節になつてゐます。国会の予算委員会や特別委員会のテレビ中継も増えました。
 
 委員会などのテレビ中継を見てゐてお気づきかもしれませんが、国会には(業界用語では「院内」と言ひますが)「ユニフォーム」があります。プロ野球でもサッカーでもさうですが、それを着用しないとゲームに参加することができないのがユニフォームです。
 
 院内のユニフォームとはどういふものかと言ひますと、絶対条件は「胸にバッジを付けること」です。これは国会議員だけでなく、院内で仕事をするあらゆる業種の人間に適用されます。
 
 委員会室で速記をとる人も、廊下に立つ衛視も、要人警護の警察官も、新聞記者も、官公庁の役人も、胸にバッジが付けられる服装でなければなりません。
 
 つまり、上着が必要になります。シャツ1枚で院内の廊下を歩いてゐると、十歩も行かないうちに衛視が寄つて来て捕まります。
 
 次に、求められる必要条件は「院内にふさはしい服装であること」です。この条件は、例の「クールビズ」がはじまつてからやや曖昧になつてきましたが、たとへばTシャツやジーンズは認められません。
 
 次に、絶対条件でも必要条件でもありませんが、「院内の不文律」があります。女性はともかく、男性は赤いシャツ、黄色いブレザー、緑色のパンツなどカジュアルなファッションは「自粛」しなければなりません。
 
 クールビズが始まる前までは、この「不文律」はもつと厳格でした。原則、白シャツにネクタイ着用が義務付けられてゐました。俗に言ふ「ドブネズミ・ルック」でなければいけなかつたのです。
 
 そんな環境の中でも、結構おしやれをする議員もゐました。
 ぼくが接した範囲では、衆院議長をつとめた桜内義雄氏、元総理の細川護煕氏、鳩山由紀夫氏らのほか、元参院議長の斎藤十朗氏などは人目につかないところで服装におカネをかけてゐました。
 
 僕ももちろんドブネズミルックを余儀なくされました。当時は真夏でもネクタイに上着着用です。
 
 おかげでリタイア後も、たまの仕事で出かけるときは迷はずスーツにタイです。家人には「あなたはやつぱり、その格好が一番安心できる」と言はれます。
 
 僕自身、「スーツにタイ」がいちばん楽だし、裸から15分で外出できる格好になるのはこれしかありません。カジュアルなスタイルをしようとすると、どのシャツにどの上着、どのパンツと迷つて、時間がかかります。
 
 いま、国会のテレビ中継を見てゐて思ふのですが、クールビズがサマになつてゐる国会議員は一人もゐません。貧相なオジサンになるか、素性をあらはしたかのやうなヤクザスタイルです。
 
 かれらは所詮ドブネズミルックの人間なのです。大臣席で白つぽいパンツを履いてゐる枝野幸男氏など目を覆ひたくなります。
 
 勇気を持つて言へば、僕は多少でもファッションセンスがない男は大成しないと思ひます。いまの政治が何も決まらず、政治家が国民の支持を得られないのはむべなるかなといふ気がします。