東洋医学を勉強する際によくお世話になっているブログです。
以前からこの方が発信している考え方として、
以下のような考え方がいいなと思っていまして、
改めて記事を見かけましたのでシェアさせていただきたいと思いました。
ーーー以下抜粋ーーー
子どもが熱を出しました。
明日は運動会です。
「あれだけ練習したんだから、明日までにしっかり治そうね!」
というお母さんAと、
「もう十分頑張ったから、明日は休むつもりでゆっくりしよう。
回復してたら行けばいいから」
というお母さんBがいたとします。
早く良くなるのはお母さんBの方です。
これはBが真理だからです。
「病気と闘う」という考え方では健康になれません。これは誤った考え方で、優劣の陰陽が働かなくなります。正気が正気らしくなればなるほど、邪気も邪気らしくなってしまう。元気になればなるほど、体に悪いことをしてしまう。
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後半部分は専門的な話が入っているため少し分かりにくいかと思いますが、
例えば陸上短距離選手の肉離れなんかを例にあげてみます。
肉離れは「筋肉が傷ついて正常ではなくなった(正が邪になった)」という状態だと考えます。
「傷ついた」時点で、身体の中で「元に戻そう」というスイッチが入りますが、
いくら「人事を尽くした」としても復帰までにはいくらか時間がかかります。
そこで
「ケガ=悪」
ととらえて、
「早く治さないと!」
と思うのか、
「ケガ=成長の機会」
などと受け入れて、
体の中の自然治癒力に身を委ね、
出来ることを淡々と(人事を尽くす)やって「天命を待つ」のか。
どちらの方が治りが早いかというと、後者という考え方ですね。
「早く治すぞ!」
と考えてしまうと、
治そうという働きが余計頑張って、
「ケガ」自体が反発して余計悪者になってしまったり、
身体に余計な緊張やストレスが生まれ、
色々な流れが滞ってしまい、
治りや復帰が遅くなる
という状態になってしまうと考えられます。
「傷ついた身体」は
もともと「正」だったものが「邪」になっただけであり、
「邪」を「正」にするために「正」は頑張るけれども、
「ケガ(邪)」=「悪」ということではないので、
「悪」でないものを「悪」とみなすと
反発が起きると考えられます。
「たかが気持ちがちょっと変わるだけで?」
とも思いますが、
体と心は強く影響し合うという意味の
「心身一如」
という言葉もありますし、
この場面では尚さら身体と心は切り離して考えない方がいいと思います。
またケガをすると
「痛み」
もついてくると思いますが、痛みは
「異常があるから無理しないでおきましょう」
という信号ですので、
それも素直に受け入れる心が大事だと思います。
(「病気」の時の「発熱」などもしかり)
さらに復帰するまでは「恐怖心」というのもつきまとって来ると思います。
それも
今日は50%の力で走れた
今日は70%の力で走れた
今日は90%の力で走れた
まだ100%で走るのは不安
と段階を踏んでいくと思いますが、
「100%で走れるように日々淡々と真面目にやっていれば、いつの間にか100%で走れていた」
というのが自然ではないかと思います。
ここでも
「早く100%で走れるようにならないと!」
という気持ちだと、
「90%で走れるけど100%で走るのは不安感がある」
状態で100%で走ろうとしてケガを再発したりするのでしょう。
こういう状態が
「元気になればなるほど、体に悪いことをしてしまう。」
という文言に繋がると考察します。
(そもそもケガや病気というのも「天命」ととらえてしまうと、
それに対して「抗う」というのも不自然な気がしてきましたが、)
こういった
「何事も人事を尽くして天命を待つ」
という考え方を軸にしていきたいなと思いましたね。