あなたには無理と言われた時の話 | ぽんずのブログ

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バレーボールを中心としたスポーツ、音楽を中心とした芸術、日常で感じた事など、マイペースに綴っていきます

私は小学校5年生の時からバレーボールをしていました。

 

小学校の時は週2各2時間程度の練習で、

勝負というよりも、

「バレーボールを楽しもう」

という感じでした。

(中には負けん気の強い子もいましたけど)

 

中学校は普通の公立中に進み、

バレーボール部に入ってバレーは週5くらいでやってはいましたが、

普通の公立中だったので練習時間も長くなかったですし、

そんなに厳しくもなく、

周りもすごく勝ちを目指していたわけではなかったので、

のんびりとやっていました。

 

ただチームの中では中心選手という自覚はあったし、

地区の選抜に呼んでもらえたりもして、

「もっとうまくなりたいなー」

とかは漠然と考えていました。

 

高校進学をするにあたって、

「バレーボールの強い高校に行くか?」

という気持ちも少しありました。

 

当時の地区の選抜の同期も、

普通科の進学校に行くか、バレーボールの強い工業高校に進むか

という感じで分かれていたように思います。

 

そんな中、親に

「将来バレーボール選手で食っていくわけちゃうんやから進学校にしといたら?」

という感じのことを言われて、

「まあそれもそうやな。

 将来どうなりたいとかがあるわけではないから、とりあえず普通科にしようかな」

とか思ったり、

「自分はそんなにはしゃぐタイプちゃうし、普通科で落ち着いた学生生活を送れた方がいいかな」

とか思ったりして、普通科に進学しました。

 

この時、親に

「あなたには無理」

みたいな事を言われていて、

客観的に見たら

「ドリームキラー」

のように見えますが、

私は今でも

「普通科に進学してて良かった」

と思います。

 

そもそも

「バレーボールの強い高校に行きたい!」

というほどの思いも無かったですし笑

多分バレーボールの強い工業高校に進んでいたら色々耐えられなくて病んでたでしょうし笑

 

普通科に進んでからその後体育系に進学したのは自分だけだったので、(体育が得意だったわけではない)

色んな人がいるということを自然と学んでいて、

多様性も身についていたんじゃないかなと、今になって思います。

 

あとは当時の顧問がバレー経験者でもなく、「自主性」を重んじるとも言っていて、

何か言われることもあまり無かったので、

上手くなるためにはーと、当時の自分なりによく考えてやっていたように思います。

(「自主性」とか言ってるけど、指導出来ないだけやろ!とか思ってたりもしましたが笑)

(その分学校の成績はひどかったですけど。。)

 

こんな感じで、

高校進学の時は

「あなたに強豪校は無理」

と言われても、それを押しのけるほどの思いも無かったので、

「それが正解だった」

と思いますし、

逆に普通科に進学する後押しになったので、それは正解だったと思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございます^^