No.3 | 父の膵臓ガン闘病記ときどき登山

父の膵臓ガン闘病記ときどき登山

膵臓ガンで闘病中の父の事など日々の事を書いていきます
登山とカメラが好きです 載せている写真は自分で撮ったものがほとんどですが 私が写っている写真は旦那様が撮ったものです

No.3
10時半 叔父さん夫婦が来ると
よぅ!元気か?と しっかりした声で答える
 1時間半くらいの滞在中
入院した弟の話や いろんな事を話す

 叔父達が帰る時
2、3日寝たきりだった父が起き上がり 外の家庭菜園で自らトマトを採って 持っていけ!と叔父さんに渡す
足元も おぼつかない状態なのに…

2人が帰って お昼を食べさせると グッタリとしてしまい 薬を飲んで目を閉じていた

  姉の家に行くために いろいろ準備をしていると
夕方 私の旦那さんが 手伝いに来てくれて
介護ベッドや もろもろの荷物を積み込むと 前日のような雷雨が…
雹まで降ってくる

しばらく待って小雨になったところで 姉の家に行く
着いたら 父を寝かせてから荷物を下ろして 帰宅する

   次の日の朝
姉から電話が来る

 父は ほとんど寝ないでトイレに起き出す…
あれじゃ お母さんがおかしくなる!
夜中は 言ってる事も めちゃくちゃで意識の疎通もとれない!と……

少し強めの安定剤に変える事になる…

この日は 実家の地区の盆の入り
まずは実家に行き 仏様の飾り付けをして墓に行く
去年は 母が入院していたから 父と2人でお迎えに行ったっけ…
提灯の支えの棒が見つからなくて 庭にあった園芸の棒を使ったら 提灯が落下して 2人で慌てたよね…

 まさか 一年後 両親共に 墓参りに来れなくなるなんて思わなかったな

 墓参りが終わってから 姉の家に行くと
父は ベッドで横になってテレビを見ていた
昼間は普通に会話が出来る…

汗をかいて気持ち悪いという父に シャワーを浴びさせてあげる
あと何回 こうしてあげられるだろうか?と 思いながら 背中を洗う……

頭をドライヤーで乾かして ベッドに寝かせてから帰宅する……

次の日は出勤して 仕事が終わってから電話をすると 寝ているから 今日は来なくて大丈夫だよ〜と言われて 帰宅する

 今日も 寝たり起きたりの父…
安定剤を強くして過活動膀胱の薬を飲んだら 1時間おきのトイレにも 行かなくなったという父ですが その分 1人ではトイレに行けなくなり
 左に力が入らないので ご飯も1人では食べられなくなりました……

つい 1週間前までは 普通に歩いて 普通に ご飯を食べて 庭の家庭菜園の手入れをしていた父なのに…
もう 1人で出来る事は ほとんどありません

 姉のいない時間 母だけでは対応が出来ない…

病院に入院する…もうそれしかないのは 分かっています
でも なかなか諦められずにいます

 病院からは いつでも入院できます、 と言われていて 
父からも いつ入院するんだ?と言われている…

でも 入院したら おそらく もう…退院する事はできないでしょう…

 コロナがなければ 毎日でもお見舞いに行きたい…でも 今の医療体制では それは出来ないだろう…
コロナが憎いです

この6年半
市の検診で膵臓癌が見つかり
手術になり7か月入院して
何度も もうだめかもしれない…となりながら
退院して 少しずつリハビリして 自転車に乗れるまでになり
日常を取り戻した矢先に台風で床上浸水…
一度は住む事を諦めた家を直して やっと自宅での生活を…となったら 母が倒れて右半身麻痺になり 長い入院生活…

母が退院して 週一度のリハビリに通いながら 生活に自信が持ててきた
今…………

  このタイミングで父の病気が悪化した

母が大丈夫だと安心して 緊張の糸が切れたかのように……

  いろんな気持ちが追いつかない……

東京は また どんどん感染者が増えて これでオリンピックが行われて どうなっていくんだろう……
もう 誰も緊急事態宣言なんて気にしていない…
宣言が出ていたって 県外に出る人達は沢山いる……
そんな人達を責めても仕方ないけど 
これ以上 地方に感染者が増えて…重病患者と家族の最後の時間を奪われていくのが

 どうにも悲しくて仕方ない