私のお客様にも猫好きの人はいる。
その女性は家の中で1頭の老猫を飼っているが、
住居の駐車スペースに猫舎を造り、
そこで野良猫10頭ほどの世話もしている。
私は彼女の住宅購入を仲介する際に、
近隣に猫嫌いの人がいないかどうか調べた。
さらに彼女は毎朝毎夕、ペダルの重い自転車をこいで
数箇所のポイントを回り、数10頭に餌を与えている。
それらの猫にはすべて自費で避妊を施している。
旦那さんの給料には一切手を付けないというのが
彼女の信念だ。
月に10万円以上かかるそれらの費用は、すべて
彼女が競馬で稼いでいる。
私はいちどその作業を目にしたことがあるが、
彼女のデータ収集と分析は驚くほど精緻で
膨大だ。
私も、避妊できないのなら無責任な餌やりは
するべきではないと考えている。
でも彼女のような情熱はないし、同じ行動はとらない。
「ねこぞう」と「にゃーこ」をきちんと世話するだけだ。
それぞれの猫好きが、それぞれにできる範囲で
猫と関わればよいと思う。
なぜこんなことを書いたかといえば、
今朝の日経新聞、文化面のエッセイが「猫好きと猫嫌い」
だったから。
宇江佐真理という小説家の方が書いておられる。
引越しの挨拶では満面の笑みで迎えてくれた隣人が、
野良への餌やりを見られてから口も利いてくれなくなった、
と話す宇江佐氏の友人。このご友人は猫嫌いの人の
気持ちも理解できると言い、「恩返しのつもりで」
車に轢かれた猫の死骸を見かけるたびに
段ボール箱に入れて保健所に届けるのだそうだ。
保健所の人は「またあんたか」という顔をするという。
現地販売会場でこの記事を読みながら、
6m道路を挟んだ向かいの駐車場で日向ぼっこ
する猫3頭を眺める。
彼/彼女たちを可愛いとは思うが、餌はあげない。
*
目やにが出なくなって、きれいなお顔のにゃーこです。
幸いなことに、ご近所のお母さん方にも
可愛がられています。
