勝浦市
官軍塚公園
勝浦市街地で開かれていたかつうらビッグひな祭りを後にして、河津桜が満開と聞いて官軍塚公園へ
Googleマップで見ると巨大な雛壇のあったKusteから1.5km程度
最初、そのくらいなら歩こうかなんて考えたんですけど、実行しなくて正解
距離はたいしたことなくても、傾斜がすごい
歩いている人もいたけど、私にはちょっと…😅
情報どおり河津桜は満開!
すごくきれいな桜を見れました
官軍塚に供養された熊本藩の藩士の方々も満開の桜で癒されているでしょうか…
●●官軍塚の謂れ●●
明治2年(1869)1月3日夜、勝浦川津沖で熊本藩士の乗る米国汽船が暴風雨に遭い難破し、200余人の犠牲者を出した事故があった。
慶応4年(1868)から明治2年(1869)に至る戊申の役で、旧幕府の海軍副総督榎本武揚(えのもとたけあき)は、北海道の函館で官軍に最後の抵抗をしていた。維新政府から鎮圧を命じられた津軽藩は、容易に平定することができず、津軽藩主の実兄である熊本藩主に援軍の要請をし、熊本藩から寺尾九郎右衛門を長とする350人が船で北海道に向かった。しかし、勝浦川津沖でこの事故に遭い、北海道へは、たどり着くことができなかった。
官軍塚は、この遭難事故の救助に当たった地元川津の人々が遭難者を埋葬供養した場所であり、塚と記念碑が建っている。