「おどりば金魚」/おどりばで、待つ | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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野中 ともそ
おどりば金魚

不思議な名前の作家さん、野中ともそさんの連作短編です。
初読みだったんだけど、いやー、いいな、この雰囲気。好きです。

あるアパートを舞台に、ゆるく繋がる人々の物語。といっても、そのアパートが特別だというわけでもなく、エレベーターもなく、かつメゾン・エルミタージュなんぞという小洒落た名前のつく、ごく普通のアパート。

語られるのもごく普通の人々の話、と言いたいところだけれど、実際には結構どこか外れた人たち。規格外? でも、「○○さんは~」と優しい口調で語られる、彼ら彼女らの話には、しょうがないなぁとか、いいなぁとか、ついぼんやりと頬を緩めてしまう感じなのです。

目次
草のたみ
ダストシュートに星
小鬼ちゃんのあした
イヌとアゲハ
タイルを割る
砂丘管理人
金魚のマント

■草のたみ

このアパートの家主の娘、依子さんの話。大学を出てこの方、働いたこともなく、日々を暮らしている依子さん。依子さんはある日、アパートの踊り場である女に出会う。踊り場に居たのは、二階に住む坂崎タミだった。彼女はそこで人を待っているのだという。部屋ではなく階段の踊り場で人を待つ、その微妙な距離感がいいのだという。外でもなく、中でもない場所。それが踊り場。

■ダストシュートに星
アパートの管理人、太田さんの話。
ここのところ、太田さんを悩ませていたのは、彼の聖域であるゴミ集積所に現れる、一階のクーポンばばあこと、竹ノ塚さん。つらつら考えるに、太田さんはクーポンばばあの遠慮のない物言いだけではなく、彼女の良く動く真っ赤な口唇が苦手なようで…。
太田さんは亡き妻と、失ってしまった息子を回想する。

■小鬼ちゃんのあした
日本に来て六年になるイラン人のジャハドさんは、ある日、おどりばで小鬼ちゃんに出会う。官能的でセクシーでありながら、無邪気で不思議な小鬼ちゃん。小鬼ちゃんは、ジャハドさんの部屋に上がり込み、いつしか二人の時は滞りなく過ぎていくようになる。小鬼ちゃんと暮らして変わったのは、食事に興味を持つようになったこと。ことに最近では、暦に沿った食の行事を二人で楽しんでいたのだが…。

■イヌとアゲハ
「草のたみ」に出てきたタミさんの娘、ふうちゃんのお話。ふうちゃんとママとキタザワくんで暮らしていたときの話。その頃、本当は家族があと一人増えるはずだった…。ふうちゃんに残されたのは、心の中で、その子、キヌアになりきる癖。

■タイルを割る
「草のたみ」に出てきた依子さんのお母さん、草代さんの話。結婚寸前の恋人とうまくいかなくなってしまった草代さんの空白に、ぐいぐいと入って来たのが、夫となった不動産会社の跡継ぎの恒造さんだった。押しの強い恒造さんは、タイル職人の娘であった草代さんの、まさに苦手なタイプだったのだけれど…。
長年連れ添っては来たけれど、病に倒れてはじめて、恒造さんは草代さんにとって近しい人となった。

■砂丘管理人
アパートの一室にひきこもっている、陸二さんのお話。姉から猫を預かった陸二さんは、子供の頃のことを思い出す。砂丘地帯で育った彼と姉は、ある日、砂丘で道に迷ってしまう。

■金魚のマント
「草のたみ」のタミさんの話。タミさんが待っていたのは誰だったか。とにかく、そこに現れたのは、中学校の同級生であり、管理人太田さんの息子、敬太郎ことケイティだった。

ごく普通のアパート、と書いたけれど、普通のアパートには、きっと小鬼ちゃんもいないし、砂地や小鬼ちゃんがいる場所に繋がっているダストシュートだってないでしょう。でも、どこかにこんなアパートがあって、外でもない中でもない、おどりばで誰かが待っていてくれたらいいな、と思うのです。