「ユーモアの鎖国」/生きて、書く | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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石垣りん「ユーモアの鎖国」

石垣りんさんを知ったきっかけは、「表札」という詩だったと思う。ずっしりきたのを覚えている。その後、あちこちでぽつぽつとお見掛けした詩も、いいなぁと思うものが多かった。この本のことは、ブログを始めた頃から是非書こうと思っていたのだけれど、ついそのままになっていた。Kyoko さんの石垣りんさんの記事 を拝見して、ようやく書いてみる事にしました。

ちくま文庫表紙裏より
戦争中には、戦死にまつわる多くの「美談」がつくられた。ある日、焼跡で死んだ男の話を耳にした。その死に「いのちがけのこっけいさ」を感じた時、数々の「美談」に影がさすのを覚えた。そして自分の内の「ユーモアの鎖国」が解け始めたのだ。戦中から今日までに出会った大小の出来事の意味を読みとり、時代と人間のかかわりを骨太にとらえた、エピソードでつづる自分史。

一つ一つは短いエピソード。でも、石垣さんの目を通すことで、ずっしりと重みを持つような気がする。当時は肩身が狭かった、詩を書き、文学を好む娘であった石垣さんは、この「好きなこと」をするために、少女期から永く自分から働きに出て、定年となるまで銀行員として働き続けた。その暮らしの中から、詩が生まれ、これらの文章が生まれたのです。


印象深い箇所。 いつも以上に引用が多いです。
全ていい言葉で、削れなかった。

「果実」:
「いいかい?自分から落ちてはいけないよ。落ちた木の実は鳥もつつかない。枝の上で待つことだ。ああおいしそうだなあ、と思って人がそれをもぎとるまで」
聞いていて自分が、からだごと小枝の先で重くなるりんごのような気がした。
(中略)
けれど師の言葉は、だから待て、と言うのではなかったと思う。ひとり実って、与えることをごく自然に待つ姿。どんなに心がひもじくても物乞いしてはならない愛というもの―師がこぶしを軽く上げて見せた、その高さにいまも目がとまる。不肖の弟子はかすかな風にも落ちてばかりいた。待つことは、しんぼうのいる、むつかしいことでもあった。
「ひとり実る」って、いい言葉だと思う。媚がない。

「待つ」:
個々には何を待ったかわかっていても、それらはすべて、待つということの部分にすぎなかったような気がする。時を待つことも。人を待つことも。
詩を書くことも、待つことのひとつではなかったかと思う。未熟だけれど、それさえ私が一人で書いたものはひとつも無いような気がする。いつも何かの訪れがあって、こちらに待つ用意があってできたものばかり。
待つ用意。私にも何か訪れるものがあるのだろうか。
こんな覚悟がないから、駄目かなぁ。

「詩を書くことと、生きること」:
ただ、長いあいだ言葉の中で生きてきて、このごろ驚くのは、その素晴らしさです。うまく言えませんけれど、これはひとつの富だと思います。人を限りないゆたかさへさそう力を持つもので、いいあんばいに言葉は、私有財産ではありません―。権利金を払わなければ、私が「私」という言葉を使えない。といったことのない、とてもいいものだと思います。
苦しい中で、働いてきた人ならではの言葉だと思う。

「立場のある詩」:
こんな風に、自分の内面にありながらはっきりした形をとらないでいたものが徐々に明確に出てくる、あらためて自分で知るといった逆の効果が、詩を書くことにはあるようです。かりにも私の場合、書くことと働くことが撚り合わされたように生きてきた、求めながら、少しずつ書きながら手さぐりで歩いてきた、といえます。 自分の詩に欲をいえば、その時刻と切りはなすことの出来ない、ぬきさしならない詩を書いてみたいと思います。永遠、それは私の力では及ばない問題です。
綺麗なものを綺麗だと言うものだけが、詩ではない。
実用的な、抜き差しならぬ詩。

「持続と詩」:
私にとって詩は自身との語らい。ひとに対する語りかけ。読んでもらいたいばかりに一冊にまとめたのですけれど、みとめてもらえるというようなことは勘定外でした。詩が私を教育し、私に約束してくれたことがあったとすれば、書いても将来、何の栄達も報酬もないということ。も少し別の言いかたをゆるしてもらえるなら、世間的な名誉とか、市場価格にあまり左右されない人間の形成に、最低役立つだろう、ということでした。その点では、詩は実用的ではありません。その非実用性の中に、私にとっての実用性をみとめたのでした。

石垣さんの文章を読むと、清廉な心持ちに触れて、気持ちがしんとする。「魚の名前 」の川崎洋さんの話があることを、再読してはじめて気付きました

石垣 りん
ユーモアの鎖国
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。