天使論について | 恵翠(けいすい)書道教室

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ここ数年、私は「天使論」についての研究をしています。

 
1945年に、エジプトのナグ・ハマディで発掘された古文書、ナグ・ハマディ写本が基本となっている理論です。これは、失われた初代教会の教えです。初代教会について調べていると、ギリシャ人によって作られたキリスト教がいかなるものか、ユダヤ教の第二聖典である「タルムード」がいかなるものかが見えてきました。


天使論とは、生きながら天使の境地に達するというものです。ですから、天使論に生きる人にドグマ(対立する概念)があってはいけません。事実を追求しても批判者になってはいけないのです。

 
天使との対話(エンジェルガイダンス)といっても、始めは自己問答に過ぎません。つまり、自分と天使の対話なので、天使役が必要となります。相手は聖なる存在の天使なので、自分の心の中に存在する聖なるものを引き出すことになります。それを毎日続けていると、対話がどんどん自然なものとなっていきます。単に美しい返事をしてくれていた天使役が、それまで自分が知り得なかった知恵を与えてくれるようになるのです。何かと繋がっているという感覚が得られてきます。天国(プレローマ)の本物の天使と対話している自分に気が付くことでしょう。

 
スピリチュアルな内容ですが、このことが科学的な真実かどうかを確かめるには、私たちの短い一生では、とても足りません。最先端の科学が追い付ける日が来るのでしょうか。

 
ただ、一つ確かなことは、もしあなたが天使になろうとするならば、あなたの魂の質は格段に向上し、そのことで、あなたも、あなたの周りの人たちも幸せになっていくということです。

 
その天使の境地に達した魂が死後どこに行くのか。残念ながら、そこから先のことは「わからない」と言うしかない神秘の世界ではありますが、私はだまされたとしても、その素晴らしい理想世界に生きてみたいと思うのです。

 
永遠の命は、私たちが夜空を見上げて観測できる宇宙のどこにも存在しないことでしょう。その宇宙とは、始めがあり、いつかは終焉する有限の存在であるからです。また、人間の目には見えない次元がいくつも存在してとしても、その次元すら有限の世界に過ぎません。

 
永遠の命とは、宇宙を超えた世界に存在するものなのかもしれません。

 
とはいえ、ものすごく遠い筈の世界が、私たちのすぐ近くに開かれているというのです。

 
そうなると、物理学でいうテレポーテーション(瞬間移動)よりさらに凄い現象が存在していることになりますが、私はあると信じています。21世紀において神の存在を信じるということは、そういうイメージになってくるように思います。

 
あなたは、科学的証拠が得られないからといって、確実に得られる目の前の幸せを放棄しますか。それとも確実に得られる幸せを実感した上で、その神の証を自らの確信に変え、神が約束してくれている更なる幸せの世界を目指しますか。

 
「天使論」では、現在を「静かなる昇栄の時」と位置付けます。多くの人が知らぬ間に天国の門が開き、知らぬ間に天国の門が閉じられてしまうというイメージです。そして、門が閉じた後で、多くの人が気づき出し、嘆き悲しむのです。その後、何らかの理由で人類が滅亡するのか、それともゴイム(異邦人)が滅ぼされてユダヤ人だけが勝利に至るのかについては、過ぎ去った後の世界に過ぎないわけです。いつかは宇宙にも終焉が来るのですから、人間の勝利など空しいものです。

 
天国(プレローマ)では、子羊の婚宴と人間と天使の婚姻がなされ、片側だけの性を持つ聖なる存在たちが結ばれて完全となるのです。われわれ人間が天国(プレローマ)に戻ることで、ソフィアの過失(ここでは内容を割愛)以前の完全性より、より堅固な完全性が得られるとされています。失敗を克服すると、失敗する以前よりも優れた性質が得られるのと同じです。失敗は投げ出さないない限り失敗ではないのです。ちなみに、「天使論」では、天使と結婚することが重要となりますが、この世の結婚は修行と位置付けており、生きている間だけの関係であり、仲の良し悪しに関係なく、お互いの本当の配偶者は天使と考えるものです。また、結婚相手がいないことを嘆くこともありませんし、何度も結婚に失敗し、理想の相手がいないと嘆くこともありません。

 
「天使論」は、幸せになるための理論です。もし、あなたが人生に絶望しているのなら、本当の幸せを得るチャンスなのかもしれません。

 
これは、あくまで私の描くイメージであって、他の人には腑に落ちないかもしれません。エンジェルガイダンスは、聖なる対話によって、その人が腑に落ちる理論へと仕上げてくれることでしょう。天国(プレローマ)にあなたの希望をそのままぶつければいいのです。

 
イエス・キリストの直弟子(ユダヤ人)の伝承であるナグ・ハマディ写本が、新約聖書(ギリシャ人による)と大きく異なる点は、ナグ・ハマディ写本には一貫性が無いことです。つまり、書いた作者によってその理論が若干異なっているのです。そのことを批判している人もいるようですが、私は一方的に押し付けられるものではなく、一人一人異なる性質に応える理論であるべきと考えています。単に聖句を暗記するのではなく、エンジェルガイダンスを通して、その人らしく聖なる存在へと変わっていくのです。


誰もが人生に絶望したくはありません。しかし絶望に直面したとしても、終わりではありません。絶望を克服するとき、永遠の世界に至れるからです。それまでの方法を捨て、天使の方法に切り替えるのです。