世界からスラムと貧困を無くすること | 恵翠(けいすい)書道教室

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シュタイナー教育というと、学ぶ側にとっては難しすぎると思われがちだし、教える側は大変な思いで取得した知識につい思いあがってしまいがちである。これでは、両者にとって好ましい関係とは言えない。

神秘学に基づく教育法なので、そのほとんどが、科学的に証明されておらず仮説にすぎない。しかし、宗教と大きく異なる点は、宗教は、神の教えゆえに「絶対的知識」であるのに対し、神秘学は、間違っていれば訂正できて、新しく発見された真理があれば付け加えることができることにある。つまり、数千年掛けて、仮説が真理へと進化していくのである。それなので、現在地を見失わずに、慎重に一歩一歩積み上げていくことが大切で、「わからないことは、わからない」という謙虚さをもって進めていくべきものなのである。しかし、現実には、シュタイナーの教えをまるで宗教のように絶対視している人を見ると狂っていると言わざるを得ないのである。

シュタイナー教室を最も簡単に定義づけるのなら、「〈魂の進化〉と〈魂の退化〉を区別できる精神を養う」ことにある。この区別ができるようになれば、魂の進化をより着実に進めることができるのである。つまり、シュタイナー教育は単に頭のいい子を育てるのではなく、魂の美しい、そして強い精神力のある子に育てることにあるのだ。

<魂の進化>に生きているフィリピン人青年について紹介したいと思う。



これは、5月6日、世界を変えるテレビ(日本テレビ系列)で、フィリピン・マニラを訪れた池上彰がエフレン・ペニャフロリダ氏を取材した番組を、私はたまたま見ることができた。そこで得た感動を、私は一生忘れられないことだろう。

フィリピンには貧困層が集まる地区、いわゆるスラムがあり、一面がゴミだらけで、バラックのような建物が所狭しに立っているという場所の映像が目に入ってきた。そこでゴミをあさっている子どもたちが大勢いた。この地域では、ゴミを売って生計を立てているのである。学校に行かない子供が多く、生きるためにギャングになる子も後を絶たないという。

エフレンは、スラムの悲惨な光景を目の当たりにし、この暮らしから抜け出さなければならないと思い勉強に励んでいた。
しかし、そのことがギャング予備軍の子どもたちの目の敵になっていった。殴る蹴るの暴力や執拗なイジメに耐え忍ぶ日々が続いたのである。

エフレンは、彼らに復讐をしたいと思い、そして一つの答えに辿り着いた。

ギャングのない世界を作ればいい。

エフレンは、友人に声を掛け、教科書やノートを貰い受けるために歩き回った、そしてかき集めた教科書やのーーとをボロボロの手押し車に詰め込んでスラムへ向かったのである。このスラムを貧困から救う慈善団体DTC(ダイナミックティーンカンパニー)を設立したのは、何と彼が16歳の時である。

授業を行う時間帯は、子どもたちが親の手伝いから解放される土曜日の昼間を狙った。そこで子供たちに声を掛けて勉強を教えることにしたのである。

しかし、手ごわいのは親御さんたちで、自分の子供には学問いらないと邪魔をしてきたのである。それでもめげずにエフレンは授業を続けたのである。

エフレンはとあるアイディアが浮かんだ。問題に正解するなど頑張った子にお菓子などをあげるようにしたのである。そのことが口コミでどんどん広がっていき、参加する子供が増え続け、多い時には30人もの子供たちが集まるようになったのである。

エフレンの教え子の中からは、学校の先生になった者も出てきた。彼の復讐劇は、見事に実りを得るようになっていったのだった。

現在も手押し車の授業は続けられていて、エフレンを支えるスタッフは100名、手押し車も70台まで増えた。

活動はフィリピン国内に留まらず、ケニア、インドネシアなど、近隣諸国の貧困地域へと広がっていった。

授業を始めて12年目の2009年、その活動が認められ、アメリカCNNテレビが選出する人道的な活動家に与えられるCNNヒーローズ賞を受賞した。

池上氏の「教育とは何ですか?」の質問に対し、エフレンは、

「誰にも盗まれない財産です」

と答えていたのは印象的であった。



私は、エフレン氏と、インド・カルカッタの貧困の現場で、路上で死にゆく人々を介護するために、「神の愛の宣教会」を設立したマザー・テレサ(1910 -1997)の人生とオーバーラップしていた。マザーも貧困のカルカッタから、全世界の貧困の地へと、その慈善活動を広げていったからである。マザーは、ある時は戦争を止めるという奇跡までやってのけた、マザーたちの祈りが一時停戦をもたらし、戦争で傷ついた子供たちを救ったのである。マザーには、神が味方をしていると思った。しかも、脚色された聖人伝ではなく、私はリアルタイムの映像で、そのことを知ったのである。

世界中からスラムや貧困がなくなったら…

「世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」

これは宮沢賢治の言葉であるが、どんなに金持ちに生まれ恵まれた生涯を送ろうと、この世にスラムと貧困がある限り、次の人生はスラムに生まれ変わるかもしれないのである。

しかし、この世からスラムや貧困がなくなったなら、すべての人が、人生に良い学びと魂の進化がもたらされるようになるのである。これこそが、本当の幸福といえるのではないだろうか。



「〈魂の進化〉と〈魂の退化〉を区別できる精神を養う」ことの他に、もう一つ加えて子どもたちに伝えたいことは、

「人に仕えるというプロセスを経なければ、自分のやりたいことを実現できない」

ということである。これは、私の自戒でもある。もっと人に仕えるということをやっておけば、私はこんなにも遠回りの人生を歩むことがなかったと思えたからである。人に仕えることを経た方が、多くの賛同者が得られやすく、目標実現がより近づくのである。

こういったことも、いきなり小学校の低学年の子供に話して聞かせるわけにはいかない。子どもの魂の成長(7年周期)を大切にしながら、必要なタイミングで話ができるように、子供に魂の成長を踏まえた上で進めていくのもシュタイナー教育の方法なのである。



付記(2014.5.15)

私たちの魂の完成のためには、世界からスラムと貧困を無くさなければならない。と書いたが、スラムと貧困と同じくらいに、社会悪といえるものは、極端な「裕福」ではないかと思う。極端に裕福な人がいるということは、虐げられている人が必ず存在するからである。また極端に裕福な人で、真理探究の目を持たない人は、我欲が優先し、魂が退化する方向性を持ちやすい。真理探究に目を向けないと、人はこの世に何も学べないのである。



付記(2014.5.16)

昨日、妻と話しをしていて、私はエフレン氏の言葉から重要なことを聞き逃していたようである。スラムの80%の人が学校に行かない状態では、勉強する20%の人の立場は弱い。それが逆転して、80%の人が勉強するようになると、勉強しないでいる人の立場が弱くなっていくといったニュアンスのものだ。そうなると悪質な人たちは、そこから去っていくしかなくなり、良い環境へと近づいていく。つまり、悪質な人たちが住みにくい環境に作り替えていくことにあるのだ。




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