
十二支のしんねんかい

「どんぶらどんぶら七福神」
読んでくださった方、
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Nana
先週、NANAのお披露目コンサートに行ってきた。
欧陽菲菲の姪で、父は市会議員、母は女優、ルックスがよくて、チェロの才能が世界レベルと聞くと、羨ましい、恵まれ過ぎなんていうことをいう輩が多いのではないだろうか。それは違う。
彼女は6歳でチェロをはじめ、8歳のときにはプロになることを決めたという。それからは文字通りに毎日、一日も欠かすことなく練習をしてきた。コンテストで優勝し、アメリカのカーティス音楽院に奨学金で留学したのが13歳。自分から見たら大人ばかりの外国の大学に中学1年生が入ってひとりで勉強するなど並大抵のことではない。
超絶美少女チェリストというふれこみだったが、美人には違いないものの、超絶というほどではない。しかし、そう見えてしまうのは、彼女の輝きがキラキラとまぶしいからだ。その輝きの源が彼女の努力と根性であることは間違いない。握手をしてくれた手は、華奢で、温かく、がっしりと力強かった。二物は天が与えたものではなく、その手で掴み取ったものだ。
最後に演奏してくれた欧陽菲菲のラヴ・イズ・オーヴァーは、聴いていて、比喩ではなく涙が出た。CDは4月6日発売。じぶんのようにクラシックが苦手なひとにも、おすすめ。
欧陽菲菲の姪で、父は市会議員、母は女優、ルックスがよくて、チェロの才能が世界レベルと聞くと、羨ましい、恵まれ過ぎなんていうことをいう輩が多いのではないだろうか。それは違う。
彼女は6歳でチェロをはじめ、8歳のときにはプロになることを決めたという。それからは文字通りに毎日、一日も欠かすことなく練習をしてきた。コンテストで優勝し、アメリカのカーティス音楽院に奨学金で留学したのが13歳。自分から見たら大人ばかりの外国の大学に中学1年生が入ってひとりで勉強するなど並大抵のことではない。
超絶美少女チェリストというふれこみだったが、美人には違いないものの、超絶というほどではない。しかし、そう見えてしまうのは、彼女の輝きがキラキラとまぶしいからだ。その輝きの源が彼女の努力と根性であることは間違いない。握手をしてくれた手は、華奢で、温かく、がっしりと力強かった。二物は天が与えたものではなく、その手で掴み取ったものだ。
最後に演奏してくれた欧陽菲菲のラヴ・イズ・オーヴァーは、聴いていて、比喩ではなく涙が出た。CDは4月6日発売。じぶんのようにクラシックが苦手なひとにも、おすすめ。
中平卓馬さんの訃報によせて--芸術家という人種
写真家の中平卓馬さんが亡くなりました。
それほど作品を知っている訳ではないのですが、
横浜美術館で回顧展が開かれるほどのカメラマンでした。
実は、お住まいがたぶん近所で、
というのも場所は知らないのですが、
数年前まで、毎日、毎日、肩からぶらんと一眼レフをぶら下げて、
着古した赤いジャンパーに赤い野球帽姿で
ママチャリをギキギコこいで
撮影に出かけていく中平さんとすれ違っていたのです。
知らない人が見たらかなり怪しいおじいさんで、
警察に職質を受けていたこともありました。
でも、その姿を見るたびに、
本物の芸術家というのは、こういうふうに
毎日、毎日、創作をしなくては生きていけない人間なのだなと、
生き方というか、人間としての在り方の凄みを感じさせられました。
ポケットに何か入っている様子もなかったので、
1日に1ロールもシャッターを押さなかったのでしょう。
それでも、半年に一回くらい朝日新聞に掲載された写真は、
その辺にあるふつうの町の一部なのに、
なんともいかしてしました。
数では なくて、眼で勝負できるすごいカメラマンだったのでしょう。
心よりご冥福をお祈りします。 合掌。
http://www.47news.jp/CN/201509/CN2015090401001870.html
それほど作品を知っている訳ではないのですが、
横浜美術館で回顧展が開かれるほどのカメラマンでした。
実は、お住まいがたぶん近所で、
というのも場所は知らないのですが、
数年前まで、毎日、毎日、肩からぶらんと一眼レフをぶら下げて、
着古した赤いジャンパーに赤い野球帽姿で
ママチャリをギキギコこいで
撮影に出かけていく中平さんとすれ違っていたのです。
知らない人が見たらかなり怪しいおじいさんで、
警察に職質を受けていたこともありました。
でも、その姿を見るたびに、
本物の芸術家というのは、こういうふうに
毎日、毎日、創作をしなくては生きていけない人間なのだなと、
生き方というか、人間としての在り方の凄みを感じさせられました。
ポケットに何か入っている様子もなかったので、
1日に1ロールもシャッターを押さなかったのでしょう。
それでも、半年に一回くらい朝日新聞に掲載された写真は、
その辺にあるふつうの町の一部なのに、
なんともいかしてしました。
数では なくて、眼で勝負できるすごいカメラマンだったのでしょう。
心よりご冥福をお祈りします。 合掌。
http://www.47news.jp/CN/201509/CN2015090401001870.html


