「月松橋」活動報告

「月松橋」活動報告

同人団体「月松橋」です。

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●はじめに

 

 普段以上に個人の感想マシマシでお送りします

 

 

●導入:渋谷凛の「3曲目」

 

 

 2022年4月発売の「STARLIGHT MASTER R/LOCK ON! 04 堕ちる果実」に収録された、渋谷凛の3曲目のソロ曲が「Reflective illumination night」です。

凛のソロ曲は今までに2曲出ており、シンデレラガールズそのものにとって最初の楽曲となった「Never say never」が1曲目、TVアニメ版「シンデレラガールズ」の終了直後/リズムゲーム版「スターライトステージ」の稼働開始最初期に発売された「AnemoneStar」が2曲目です。前者は2012年4月リリース、後者は2016年4月リリースなので、「Never say never」から「Reflective illumination night」までがちょうど10年、「AnemoneStar」から「Reflective illumination night」までがちょうど6年となります。

 

 モバマス黎明期の初楽曲である「Never say never」と、TVアニメ版の物語を色濃く反映した「AnemoneStar」は、いずれも凛をある種の「ルーキー」として描いています。一方、「AnemoneStar」後の6年間で大きく成長を遂げているのが凛本人のキャラクター性です。アイドルとして「自分は今のままじゃだめだ」との成長願望を確固たるものにした2016年6月の[オーバー・マイセルフ(デレステ白フェス限SSR)]、シンデレラガールズそのものの既存概念の破壊を宣言した2018年の「ガールズ・イン・ザ・フロンティア」、アイドルの枠を超越した挑戦に挑む姿勢を示した2020年4月の「Great Journey」あたりでその成長は既に顕著でしたが、最大のターニングポイントとなったのは2020年5月の[アストラル・スカイ(デレステ期間限定②)]でしょう。「もう私が走り続ける姿は見なくていい」「私の歌声だけを記憶に焼き付けて欲しい」とさえ宣言したこの新境地をもって、凛は「まだ見えないけど走る」「何も分からないけど走る」と言う領域を  「ルーキー」と言う領域を完全に脱したのでしょう。

 

 

 

 

 

[アストラル・スカイ]以降の凛にとって「Never say never」と「AnemoneStar」は、今も噛み締めるべき過去であり越えていくべき昨日の自分ではあります。その文脈での魅力を最大限に解き放ってくれたのが、10thアニバツアーと言う節目にて披露された「愛知公演day2の『AnemoneStar』」であり「千秋楽の『Never say never』」でした。

 

 そして、これら2曲を継ぐ存在が、「Reflective illumination night」なのだと思います。これは渋谷凛のソロ曲としては史上初めて「渋谷凛の成長」を踏まえて作ることが可能になった存在なのだと思います。

「明日が見えない」「何も分からない」「それでもとにかく走り続けるんだ」  それをこのアイドルの世界で生きるよすがとして来たかつての凛とは違う凛が今確かに此処に居るのだと、そう示す最初の歌が「Reflective illumination night」なのだと思います。

 

●主論:楽曲感想

 

 改めてこの曲と向き合ってみましょう。この歌については発売前に福原綾香さんから「肩の力が抜けたオシャレな曲😌✨」とのコメントがありましたが、実際聴き手としてはどちらかと言えばリラックスして聴くべき枠組みに入るのかなと言う印象。「さよならアンドロメダ」とか「レッド・ソール」とかが近いと言えば近いかも?

 歌う側になった場合に「肩の力を抜ける」かどうかは個人的にはすごく疑問ですが。だいぶテクニカルなVo力を要求する歌だとは思います。一方、「AnemoneStar」「Drastic Melody」等で前面に押し出されていた「力強さに全振りした迫力」は今回そこまで駆使されておらず、落ち着いたメロディに載せて届けられるその歌声は「Never say never」の正統進化系とも言うべき立ち位置にあるものと感じられます。

 

 

 さて歌い出し。ものすごく詩的な言い回しですが、標準語で解釈すると「流れ星と自分を重ねてみたよ」「今ここで光っているよ」と言うことを言っているみたいです。

「まだ見えない明日へ」「あの場所へ走り出そう」と歌っていたソロ1曲目、「いつか見つけられるよねAnemoneStar」と歌っていたソロ2曲目に対して、「今ここ(=凛がいる場所)で星が光っているよ」と歌うこの3曲目の特異性はこの時点で明らかなのではないでしょうか。「かつて目指していたものがすぐそこにある場所に、今凛がいる」ことを示唆するこの歌詞はあまりに眩い。この時点で勝ち確と言ってもいい。

 

 1番Aメロ~Bメロ。「走り出した世界に独り置いてかれたような」と言うフレーズは、「Never say never」の「過ぎてゆく時間取り戻すように」と言うフレーズを想起させます。凛が「変わりたい」願望を自覚するようになるのはアイドルになってからのことですが、それ以前の段階でも「自分は変わろうとしていない」「だけど、世の中や周りのみんなは変わって行くもの」という認識は心のどこかにあり、それだけにPと出会った際には心揺らぐものがあったのだと思います。

「止まった時」とは「走り出した世界」と相反する要素ではありますが、実際に「(凛の主観的な)時間が止まった」と思える描写を私達(=プロデューサー達)はTVアニメ版で観たことがあります。そして、それに対応する描写を、モバマスやデレステで観たことも。

 

↑これはTVアニメ版

 

↑これはモバマス版(シンデレラガールズ劇場第326話)

 

↑これはデレステ版(シンデレラガールズ劇場わいど☆第256話)

 

 1番サビ。「輝く気持ちその瞳」とありますが、この「瞳」とは凛自身の瞳のことではない気がします。人は自身の瞳を通してモノを見る以上、自分の瞳を見ることはそうないのだから。人が誰かの瞳を見るのは、多くの場合、自身のことを見つめる他人のそれを見る時なのだから。

 故に、凛が「輝く気持ちその瞳」と歌うそれは、凛を見つめる誰かのそれなのではないでしょうか。それは時に自分を選びステージへと届けたプロデューサーのそれで、時に自分と共にステージに上がる仲間のアイドルのそれで、時に観客席から自分にエールを送るファンのそれなのではないかと。それは凛がアイドルとして活動する時「いつでもいつの時でも」目にしてきたものであり、「何度でも何度も」彼女の胸を高鳴らせてきたものなのだと思います。

 付言すると、このパートで「夢舞う」場所を(そら)と表現しているのもエモいですね。「星の宙(アストラル・スカイ)」を経て新たなステージに入った彼女が、「宇宙」そのものをモチーフとした公演の事実上のセンターを務め、あの宙で特に明るく輝く恒星の名を関した絆を紡いだ先で(そら)と歌うのはエモい。

 

↑これは宙にいた時の凛(のイメージ)※デレステ「星環世界」MV

 

 2番Aメロ~Bメロ。凛自身による最も美しい「Never say never」の再解釈であり、「ココカラミライヘ!」で示した「冷めたふりの背中」の真意であると思います。「振り返らず前を向いて/前だけを見据えてく」「走り出した私のストーリー」の始まりで覚えた「この胸の高鳴り」を「ずっと忘れないで進む」「続いてくその先へ」。それは「かつての原点とは異なる場所に今の私はいる」ことの証明であると同時に「原点に逆戻りはしないが、原点を忘れはしない」「そしてこれからも進み続ける」と言う決意表明。

 

 2番サビ前半。「溢れる想い伝えたい」「そうどこまでも走れるから」。「Great Joureny」と[アストラル・スカイ]を経た現在の渋谷凛を、最も端的に示すフレーズではないでしょうか。自分の個性を成していた要素である「どこまでも走る」ことをいち手段として、「感動と興奮を届けたい」と言う目標の達成を目指すに至った今の凛を示す最小単位が、この歌詞この歌声なのではないでしょうか。

 付言すると、「溢れる想い伝えたい」と言う言葉が「Trancing Pulse」(Triad Primusの代表曲)のサビ部分と限りなく近似していることには縁を感じます。これがもし意図的なものだとすれば、冒頭で凛が自分と重ねたのがただの「星」ではなく「流れ星」だったのもあのキセキ(new generations)をなぞろうとするが故か?

 

 2番サビ後半。「Never say never」では「君」への想いを、「AnemoneStar」では「あなた」がくれたものへの想いを歌っていた凛の口から「皆の夢」と言うフレーズが紡がれます。私の歌詞読解力が節穴でなければ、凛のソロ曲で明示的に一対多の関係が描かれるのは  一対一のみで完結しない関係が描かれるのは、今回が初な気がします。

 今このタイミングで「『渋谷凛』と『皆』の関係性」について思い返すと、ふーりんが愛知で触れていた「10年前の『反響』」を避けては通れない。渋谷凛が史上初めて声を発したあの日、ふーりんをアパートの自室で心底震えさせるほどの反響がCMを耳にした皆からあったことで、その後の未来が広がっていったのかも知れないと言うあの出来事を。

 

 

 

「Reflective illumination night」  「反射し得る光の夜」。「illumination(光)」が「アイドル」の比喩であり、「Reflect(反射)」がそのアイドルへ投げ返される「反響」の比喩なのであれば。この単語は、凛と、彼女に反響を返す全ての人によって紡がれる、誰を欠くことも出来ない輝きの夜、そのために作られた存在なのではないでしょうか。

 

 その夜は、今までも幾度となく繰り返されてきました。そして、これからも繰り返されるのでしょう。繰り返すことを、凛も、彼女の担当Pも、目指すのでしょう。感動と興奮を届けるために。この胸の高鳴りを一層感じさせるために。 

 

 凛の走ってきた道が「AnemoneStar」以降に限っても決して順風満帆ではなかったこと、皆様もよくご存じと思います。[オーバー・マイセルフ]「ガールズ・イン・ザ・フロンティア」「Great Journey」……そして何より「Drastic Melody」は、そんな凛を襲った困難の名でもあり、凛が時に立ち止まった場所を示す標識でもあります。

 そんな彼女が歌うDメロは刺さります。凛のソロ曲でそう簡単に快晴が望めないのはある種の様式美となっている部分がありますが(「薄もや」の「Never say never」、「灰色に曇った空」の「AnemoneStar」)、今「Reflective illumination night」で凛が歌う天気はあの日の豪雨ですらあるかも知れない。それでも「思い出して今日の空を」「明日は晴れるから」と歌えるのは彼女の強さ故か。たとえ二度と日が昇らないとしてもあの絆の星(Sirius)とその和音(Chord)はまた頭上に輝くことを知るが故か。 

 

↑あの日の豪雨(渋谷凛[Drastic Melody]特訓前/「Drastic Melody」イベコミュ)

 

 落ちサビ~アウトロ。ここまで駆り立てて来た想いと輝きをクライマックスに向けて一層高めていくパート。締めのフレーズは、この歌を最後まで聴いた全ての方に対する渋谷凛流の殺し文句ではないでしょうか?
「今宵」は今宵であって、凛が走り出したあの日ではない。だけど凛は、今宵のことも忘れない。走り出してから重ねて来た幾つもの「時」を今でも覚えているように、「皆」にこの歌を届けた「今宵」のことも忘れない。
 その「皆」の中には、貴方もきっと含まれているのです。ライブで「お願い! シンデレラ」を歌うたびにステージを端から端まで駆け抜け、ひとりでも多くの観客と時間を共有しようとする凛のことなのだから。皆と過ごしたこの夜のことを  あなたのことも含めて、きっと彼女は忘れない。
 
 だからどうか貴方もこの歌を聴いて欲しい。そして、聴いたその時のことを記憶に刻んで欲しい。そう思います。
 

●おわりに

 

 楽曲感想の項目だけで4000文字くらいの分量になってました。まだCD音源オンリーなのにこの破壊力。

 ライブで披露された日には、本当にどうなってしまうのでしょうか。凛が何よりも眩く輝き、彼女を見届ける人々が何処よりも熱く反響を返すあの場所に、「Reflective illumination night」の歌声が響くその日には。

 

 そう遠くないうちに、その日が来ることを祈ります。10年と言う節目を越え、11年目へと踏み出すに際して渋谷凛が生み出してくれたこのは、まずは「今」歌われて欲しいと思います。この「11年目」の年のうちに、歌い手と聴き手が空間を共有できる場所でぜひとも歌われて欲しいと思います。

 

 そしてその日、輝く気持ちその瞳を、私達から凛に届けられることを、祈りたいと思います。

 

 

 

■はじめに

 

このブログでは事後報告になってしまいますが、去る11月23日に月松橋は新刊「Story of Comrade」を発行しました

この本は、デレマス10周年アニバツアーの愛知公演で新曲「Drastic Melody」と共にサプライズ披露を恐らく予定されていながら、COVID-19の感染状況を踏まえた延期対応によって予定通りのお披露目を逃した新ユニット「Sirius Chord」を題材とした、凛&凛専任Pを中心とした二次創作小説本です。

 

 

「Drastic Melody」イベント後、わずか二ヶ月で二次創作同人誌を出した根本理由は、新刊のあとがき冒頭にも書いた通りです。一人の凛専任Pとして、「私が今以上に『Sirius Chord』を好きになれる、そんな小説を読みたいし書きたい」「その小説を世に出すことで、一人でも多くの同僚に『Sirius Chord』の可能性をより深く感じて貰いたい」「叶うことなら愛知延期公演前に感じて貰いたい」との想いが、その根本理由です。

 

↑「Story of Comrade」あとがき冒頭部分(本編のネタバレになる部分はぼかしています)

 

さて、この新刊の宣伝ツイートの中で私は「【Sirius Chord】と命名された理由にひとつの答えを出した」と申し上げましたが、そもそもなぜ(原作中では明確に語られることのなかった)この命名理由が気になったのかの訳は説明していませんでした。本当はあとがきでこの話もしたかったんですが……この話がなくても今回のあとがきちょっと長かった(216p中7pがあとがき)ので割愛したんですよね……。

 

 

と言う訳で。私が「Sirius Chord」の命名理由を考えるに至ったきっかけを……私が「Sirius Chord」と言う名前に感じた「気になったポイント」を、このブログ記事で説明させてください。

 

■気になったポイント①:シリウスは「最も眩く輝く星」か否か

 

最初に私が「Sirius Chord」の名前に対する引っかかりを感じたのは、白雪千夜の[Drastic Melody]特訓エピソードを見た時でした。

 

↑白雪千夜の[Drastic Melody]特訓エピソードの一幕

 

「Sirius」――シリウスとは、「一等星※の中で最も明るい星」としてよく知られる星ではあります。が、それが「最も眩く輝く星」かどうかと言うと、「必ずしもそうではないのでは?」と私は思ってしまったのです。何故なら、「最も眩く輝く(ように見える)星」とは本来、シリウスではなく、太陽のことだからです。

※一般に一等星は「地球から見て一定以上に明るい太陽以外の恒星を示す区分です

 

↑wikipedia「明るい恒星の一覧」より

 

そしてシリウスは、実のところ「眩く輝く星」としては二番手ですらない。何故なら、「星」とは広義には恒星だけではなく、惑星や衛星も含むからです。地球から見た場合、月や金星などはシリウスより明るく見えることがあります(参考)。つまりシリウスは、「太陽以外の恒星の中で、地球から最も明るく見える恒星」とするのがより正確な言い回しになります。

そう考えた時、「このユニットの命名者が、シリウスを『最も眩く輝く(ように見える)星』だと思ってその名をユニットに冠した」とする仮説は、私には受け入れがたいものだったのです。だとすれば、何か別に理由があるのではないか……そう思わずにはいられなかったのです。

 

■気になったポイント②:このユニット名は「Canis Major(おおいぬ座)」ではない

 

シリウスと言う星の特徴は、明るさ以外にもあります。「おおいぬ座」を構成する星のひとつである、というのもその特徴のひとつです。そして、「Drastic Melody」イベントで使用されたアイテム「サケビースト」は、名称から受ける印象はともかく、その形状、その説明文からは「おおいぬ座」を意識していることが明々白々です。

 

名称から受ける印象はともかく。

 

と言う訳で、「このユニットの命名者は、シリウスが『最も眩く輝く(ように見える)星』だと思ってその名をユニットに冠した」との仮説の確からしさが弱いならば、次に「このユニットの命名者は、シリウスが『おおいぬ座の星』だからその名をユニットに冠した」との仮説を立てることは可能です。立てるだけなら。

 

……しかし「おおいぬ座」に主な意味を見出すなら、そのものずばり「おおいぬ座」と言う意味のユニット名を付ける方が素直な考え方のはずです。「おおいぬ座」と言うユニット名はあまりにまんますぎるとしても、英語由来で「Canis Major」あるいは「カニスメジャー〇〇」等のユニット名を付ける分には字面的にもそこまで悪くはないはず……。

よって、「このユニットの命名者は、シリウスが『おおいぬ座の星』だからその名をユニットに冠した」との仮説も、どうも弱いと私は感じざるを得なかったのです。であればますます、「Sirius」の名前の意味は何なのか、疑問は膨らみます。

 

■気になったポイント③:「Triad Primus」との類似性

 

このユニット名に「Sirius」が冠されたことに謎があるなら、そのユニット名に「Chord」の単語が入っていることにも謎があります。

デレステユニットは複数の単語を組み合わせた名前を与えられたものが比較的多いですが(参考)、「アインフェリア」「miroir」のように一単語がそのままユニット名になった例も存在します。他ブランドの例で言えば大先輩たる「Jupiter」さんもそう。

そう考えると、渋谷凛・白雪千夜・松永涼のユニット名を「Sirius」もしくは「シリウス」とする選択肢もあり得たはず。しかし、そんな場所に現れたのが「Sirius Chord」と言うユニット名だった訳です。「Drastic Melody」イベコミュのエンディングタイトルが「Three Chord」(敢えて日本語訳するなら恐らく「三つの和音」)であり、そこで(外部の記者の台詞と言う形でしたが)「3人でユニット『Sirius Chord』でしょう」との意見表明が行われたことからも、「Chord」=英語で「和音」を指すこの単語がユニット名に込められた重みは大きいものと解せます。

 

↑[Drastic Melody]コミュ一覧

 

ここまではスムーズに進む話なのですが、この「Sirius Chord」が凛を含むユニットの名前であることに改めて着目した時……「凛が所属するユニット」の名前に「和音」があることを見た時、どうしても思い出さずいられない事実があります。凛が最初期に所属したユニット「Triad Primus」の「Triad」とは、三つ組のものを指すラテン語であり、「三人組」や「三和音」のことを指します。そう、和音です。

そして、「Primus」は「最高の」と言った意味の単語です。「Sirius」は必ずしも最も眩い星ではない、との話は先ほどしましたが、それでも「Sirius」が「太陽以外の恒星」の中であれば「地球から最も明るく見える恒星」であることは揺るがぬ事実。無条件の「最高(最明)」ではないので「完全に一致」とまで評価するのは誇張でしょうが、それでもだいぶ近似している単語ではあります。

 

つまり「Sirius Chord」と「Triad Primus」は、どちらも二単語で構成されるユニット名であり、しかも意味が類似した単語同士の組み合わせなのです。

 

↑比較

 

類似したユニット名が出て来ること自体は、これだけユニット数が増えた今なら当然に起こり得るとは思います。しかし、「名前が類似した二つのユニット、その両方に所属している者(=凛)がいる」と言った瞬間に、その事象が偶然起こる確率は急上昇するはずです。

凛専任Pとしてのひいき目がある可能性は否定しませんが、その上で、私にはこのことが偶然とは思えない。何か理由があるはずだ、そう思わずにはいられないのです。

 

■私の「答え」、私の「夢」

 

ここまで御託を並べては来ましたが、実際のところ(フィクション世界でもリアル世界でも)「不自然に見えることが何かのはずみで起こること」はよくあります。(ゲームの主人公キャラとしての)デレステPやデレステの原作サイドが何を考えて「Sirius Chord」の名前を付けたのか、具体的なところは結局のところ現状"藪の中"ですし、いつかその藪が明らかになったとしてもその真相は私が感情的には納得できないものである可能性も当然あります。

私が作品の一方的な受け手であれば、この話はここで終わります。ところが幸か不幸か、私は二次創作小説書きなので、自分が納得する「答え」を見つけ出すことさえ出来ればそれを一定の形に出来てしまう。たとえそれが既存の原作世界中では成立不可能な「答え」であったとしても、あるいは事実や規則から逸脱した陰謀論紛いの「答え」であったとしても、世界そのものを作り変えてでもその「答え」を形にする方法=二次創作があることを、知ってしまっているのです。

 

私は、ここまで上げて来た三つの「気になったポイント」全てに対して、自分が納得出来る「答え」を出しました。

正直に申し上げて、この「答え」が原作における「事実」と完全に一致しているとは、私も思いません。ですが、この「答え」が成立する世界の可能性を、見出して形にすることは出来ました。こんな出来事があって欲しいと言う私の「夢」が叶う道筋を見出だすことは出来ました。

この「Sirius Chord」命名にまつわる「夢」が、「Story of Comrade」の後半パートの大きなテーマでありクライマックスになっています。ぜひ、Story of Comrade」を読んで頂き、この「夢」を見届けて頂ければ幸いです。

 

「Story of Comrade」サンプルの抜粋(この二次創作の舞台が原作のパラレルワールドであることがご理解頂けるかと思います)

 

 

なお、この「夢」はあくまで私=一人の凛専任Pにとっての「夢」でしかありません。私の「夢」とは異なる内容の「夢」を私以外の凛専任P・私以外の凛Pが見る可能性は当然にありますし、ましてや千夜の担当Pさん・涼の担当Pさんにとっての「夢」は当然に私の「夢」と異なるものであるのではないかと思います。そのことを私は全く否定しません。むしろ、私の「夢」とは異なる誰かの「夢」の形を、ぜひとも見たいとすら思います。私以外が作り出す「Sirius Chord」の物語を、ぜひとも見たいと思います。

そのためにも、一人でも多くの方に「Sirius Chord」の可能性を感じて頂きたいと、願って止みません。

 

↑「Story of Comrade」あとがき末尾部分

 

私の本が、そして間もなく実現される「Sirius Chord」のライブパフォーマンスが、一人でも多くの方に「Sirius Chord」の可能性をより深く感じて頂けるきっかけになることを心より祈り、この記事の締めとします。


ちょっとこの1ヶ月半色々なことが起きすぎてあぜんとしてます……

 

(下記、あくまで私個人(東京都民の「プロデューサー」兼同人団体代表)の視点からのまとめである点留意ください)

 

4/19(月)

第10回シンデレラガール総選挙/第2回VA開始。

 

4/22(木)

 「月松橋」歌姫庭園新刊、脱稿宣言

 

4/23(金)

政府、新型コロナに伴う第3回緊急事態宣言開始を決定(東京都、大阪府、京都府、兵庫県 4/25~5/11)

 

4/24(土)

緊急事態宣言及びそれに伴う政府・都庁の対応等を受け、4/25(日)の都内催事「延期」「無観客」報が相次ぐ。

 

4/25(日)

SUPER COMIC CITY GYU!!(延期)、シャニ3rdツアー東京公演day2(無観客開催)等の開催予定日。

 

5/7(金) 

政府、緊急事態宣言の延長を決定(5/12~5/31)

愛知県・福岡県を対象に追加する一方、イベントについては一定の要件の元有観客を容認する政府方針が示される。

(ただし自治体独自の制限、あるいは催事会場の判断等によって、延期等を余儀なくされる催事は5/12以降も発生)

 

5/10(月) 

「月松橋」歌姫庭園新刊、入稿。

 

5/14(金) 

北海道、岡山県、広島県が緊急事態宣言対象に追加決定(5/16~5/31)。

 

5/15(土)~5/16(日)

アイマス学会FES開催(温泉半熟卵登壇日は15日)。

 

5/16(日)

第10回シンデレラガール総選挙/第2回VA終了。

 

5/21(金)

沖縄県が緊急事態宣言対象に追加決定(5/23~6/20)。

 

5/22(土)~5/23(日)

ミリオン7thReburn(中止となった2020年公演の再演企画)開催日。

山梨県での有観客開催は達成された(ただし、全国の映画館の一部が自治体制限により休業されたためLV中止会場が発生)。

 

5/24(月)

第10回シンデレラガール総選挙/第2回VA結果発表。

 

5/26(水)

モバマス期間限定ガシャに渋谷凛[エターナルブルーム]登場。

 

5/27(木)

シンデレラガールズ「NEXT LIVE発表会」&ミニライブ配信日。

10thアニバツアー開催告知。渋谷凛(福原綾香さん)をはじめとする愛知公演メンバー公表。

10thアニバツアー愛知公演合わせの寄せ書きファン企画始動。

 

5/28(金)

沖縄県以外の9都道府県の宣言期間を(沖縄県と同じ)6/20まで延長することが決定。

 

5/29(土)~5/30(日)

シャニ3rdツアー福岡公園開催日。

有観客開催を前日に断念させられた4/25東京公演以来で初となる「緊急事態宣言下の地域におけるアイマスライブ」は2日間の有観客開催を完遂。

 

6/5(土)

「月松橋」歌姫庭園参加予定日/新刊頒布予定日。

(新刊は歌姫参加後可及的速やかに書店委託開始予定

 

――――――

 

色々と話したいことがあります。まずは総選挙の振り返りから。

今回私は、総選挙に注力する判断ができませんでした。この点、凛には深く詫びたいと思います。本当に申し訳ない。

 

私が「6月の歌姫庭園で本を出す」と決めたのは2月のことです。もし総選挙が来たらかなり高い確率で原稿期間と選挙期間が被るのは目に見えていました。それでもなお出したいと思った本でした。その上で、「最大限がんばって総選挙への影響は最小限にしよう」とも書き始めた時には思っていました。実際、総選挙前の脱稿こそ叶いませんでしたが、4/22には一応の入稿可能な状態まで持って行けました。

 

問題はその後でした。第3回緊急事態宣言開始時。「知見と知恵を総動員してイベントに参加する人を新型コロナから守ろう」「その上で出来るイベントを何とか止めずに継続して行こう」――そんなこの1年間の積み重ねが、地域限定とはいえ、否定されてしまったあの日。

状況は極めて危機的でした。一旦「5/11まで」と緊急事態宣言の期間が切られたことは、同時に「5/11以前に、5/12以降の対応が決定されることになる」ことも意味していました。

第3回緊急事態宣言の第一ターン(4/25~5/11)は、有観客イベント存続のため尽力する者にとっても「短期決戦」となりました。当時の制限を維持するのか変更するのか、その判断がなされるまでわずか3週間しかない中、出来ることは限られていましたが少なくない人々が奮闘していました。

 

 

 

その末席に、私も加わっていました。同人団体「月松橋」代表として――ライブや即売会に代表される有観客イベントを愛するひとりの都民として、私は複数の議員に対して意見表明・手伝いのボランティアを行っていました。

今もって、あの行動が「正解」だったのか、100%の確信を持てている訳ではありません。大勢の凛を愛する同僚たちが闘っていた時に、その戦列を外れて行動したことがどこまで正解だったのか自信はない。

それでも。この手の活動(平たく言えば「政治活動」)に参加できる若者がまだ決して潤沢にはいない中で、「参加できる若者だけでも声を上げること」の重要性は間違いなくあったものと、そのことは疑いませんでした。

特に私は、過去のアイマスライブにおいて素晴らしい対応を行って下さった地方行政に対しお礼申し上げその長が引き続き活躍できるよう応援するため仲間と共に足を運んだ経緯がある自覚があるところでもございます。今回国行政(政府)及び都行政(都庁)からこの上なく非道な仕打ちを受けた4/25催事にはアイマスライブも含まれます。ここで私が声を上げなかったら誰が上げるんだ???????

 

5/7、「政府方針としては5/12~以降の有観客イベントを条件付きで認める」旨が決定。同日、私の居住地である東京都の行政も(制限の再強化に相当含みを持たせながらではありましたが)概ね同様の方針を確定。その後、5/11までに「東京ビッグサイトや大田区PiOも条件付きで有観客イベント開催可能に」との情報が相次ぎ入ります。

 

 

 

 

 

お世話になった方々に「ありがとうございます」「今後も厳しい事態は続きますが何卒よろしくお願いします」と(直接会える方は限られているので手紙やメッセで)ご挨拶差し上げている間に……第10回総選挙は終わっていました。

 

Q.そんな状態でどうやってアイマス学会FESの準備してたんですか?

A.資料と原稿が総選挙開始前に8割以上完成してたので何とかなりました。それがなかったら本当どんな大惨事になってたか……

(アイマス学会FESそのものについてはいずれ感想記事を別途上げます)

 

5/24に公開された凛の順位は39位。凛個人の順位変動だけを見て話をする場合、この順位が彼女の歴代最低であることを認めない訳にはいきません。前年順位との比較という意味でも過去最大の落ち幅になります。

しかし昨年(※2019年度)の凛と今年(※2020年度)の凛を見比べた時、後者が前者に劣っていたとは私は全く思いません。昨年今年も渋谷凛の活躍をダイマした者として申し上げますが、2020年の凛は2019年の凛に対して何ら恥じるところはないものと確信しています。「Great Journey」&[アストラル・スカイ]という一大転機を経て昨年までとは文字通り違うステージに入った凛は決して衰えてなどいない、むしろ2020年は凛の一大飛躍の年に間違いなくなっていた。

2020年の凛は間違いなく、歴代最高の凛だった。その「歴代最高」に対して「総選挙の順位」という形で報いてやれなかったのは悔しいですし、せめてその順位(より正確には「票数」と言うべきなんでしょうが)を少しでも上げるための努力を全力で行うことができなかったことは私の力不足によるものです。本当に申し訳ない。

 

しかしあれ以降も、凛の歩みは止まっていない。5/26、モバ[エターナルブルーム]実装。デレステ時を遥かに上回るそれはそれはとんでもねえ親愛度に満ちたセリフにいったい何人のPが天に召されたことか俺もだ。翌5/27、10thアニバツアー告知、そしてその最初の公演となる愛知公演への渋谷凛出演決定。

この愛知公演は、現在の計画通りに無事開催されれば、シンデレラガールズの10周年(とデレステの6周年)を祝う第一陣となると同時に、7thツアー千秋楽以来止まり続けていた「シンデレラガールズの有観客ライブ」の時計を再び動かす第一歩ともなります。

 

10周年の幕開け、そして新たな時代のライブの歴史の幕開けに、凛は立つかも知れない。

 

シンデレラそのもの歴史、その声の歴史、その歌の歴史、そのライブの歴史……その先頭になんども立ち続けて来た凛は、2021年9月、再び歴史の最前線に立つかも知れない。

 

その日が来ることを信じます。その日に向けて手を伸ばします。

そしてその日、約1年半振りに有観客ライブのステージを拓く渋谷凛(福原綾香さん)に少しでも報いられるよう、力を尽くします。

 

 

…そんな中。「月松橋」と「月松橋」の凛は、リアルの凛より少しだけ早く、「有観客」の舞台に臨みます。

6/5の歌姫庭園に挑みます。

 

 

題名やサンプルをご覧頂ければ分かる通り、本作で凛は記憶喪失になります。不安や困惑に苛まれるのが当然の、絶望的な状況に追い込まれます。

それでも本作の凛は、進みます。「記憶を失くす」という、起きてはいけないにもほどがある事象に直面してなお、凛は、そのアイデンティティとプロデューサーを保持できている限り、進み続けます。歌い続けます。

 

この物語を出すために払った代償は決して小さくありませんが、それでも。

リアルの凛が再びステージを目指して進む今この瞬間に、このIFの「ライブの物語」をお届けできることを誇りに思います。

 

ご時勢がご時勢です。全ての方が歌姫庭園に来られないことは重々承知です。そんなこともあってこの本は「月松橋」史上初の書店委託を行います。歌姫庭園にお越しできない方も、ぜひこちらで手に取って頂ければと思います。

 

 

その上で――この本は、「6/5に」リアルの場でお手に取って頂くために最適化して書いた本です。

 

ひとりでも多くの方に、歌姫庭園でこの本を手に取って頂けることを祈っています。

 

 

 

ヤツが来ました。

 

前回の第9回総選挙が如何に過酷な闘いだったかは、昨年の記事でも言及した通りです。

そして、今年は昨年以上に無理が許されない闘いになる可能性を、私は到底否定できません。

 

昨年の総選挙を困難たらしめた根本要因であるところの新型コロナウイルス感染拡大は、2021年4月現在、「2度目の緊急事態宣言をもってしても十分な抑え込みができず現在に至ったこと」「各領域の努力継続が限界に達しつつあること」「リスクの高さが強く示唆される変異ウイルスが広がりつつあること」等の要素に伴い、第3波時以上の困難な状態に突入しつつあると理解せざるを得ません(過去最大の感染者出してる大阪府等は「突入しつつある」のではなく「突入済」な感じもしますが)。原理・原則が変わる訳ではないと仮にしても、常識は今後、如何様に変わってももはやそんなに不思議ではない。

ワクチンが普及し効果を発揮し出した暁にはまた景色が変わり始めるであろうことを疑うつもりは今もありませんが、そこまでの期間を耐え忍ぶ難易度は爆上がりし続けている。既に誰もがこの14ヶ月間で(個々人で程度に差はあるとしても)疲労困憊しているにも関わらず、です。

 

 

 

 

それでもシンデレラガールズは進むのでしょう。凛は、進むのでしょう。

 

 

渋谷凛は、3代目シンデレラガールです。第3回総選挙時にまだPではなかった私がどこまでこのことに言及できるかアレではあるのですが、とにかく、歴代シンデレラガールによる楽曲が来るとなればそこに凛が含まれることは自明です。

凛に新曲が来ることは自明です。

 

まだ、何時になるかは分かりません。残り時間があと何日になっているかは分かりません。

しかし「その時」に向けてもう時計は動き出している。Great Journeyを、そしてアストラル・スカイを経て進んできた凛が、次の曲を歌う時に向かって、針はもう動き出している。

 

改めて言います。凛Pならば、今は「生きていればいいことある」。

 

総選挙で手を抜くつもりはありません私も凛に歌を与える力になりたいし。第5回総選挙から参加した私は「自分の票で凛が歌う」ところをまだ見たことないんだよ…。しかしそれ以上に、生死を賭けた闘いをするつもりもありません。

 

ひとりでも多くの仲間と共にこの闘いの終わりを、そしてその先の景色を見届けに行けることを切に祈ります。

この記事を書くにあたり最初にお断りします。私は「ミリオンライブ!」については基本ド素人です。

これから私は百戦錬磨のミリPの皆様から「何言ってんだこいつ」と言われかねない内容を書くかも知れない。たとえそうなるとしても書かせてください。

 

さて「私はド素人です」とは申し上げたものの、ド素人でも促成栽培的にミリオンの曲をある程度知れる機会が実はありました。2020年5月~6月、ミリオンは1st~5thライブの一挙配信を敢行。合計16日分のライブ映像を無料で見ることができる、アイマス史上でも極めて稀有な時期がかつてあったのです。

 

 

その中で私が知った伝説級の歌というものがいくつかある。それは例えば1st以来物語を紡ぎ続けている「Precious Grain」であり、例えば2ndで歴史に残る「行くよ――――――!」から飛び上がった「未来飛行」であり、例えば前代未聞のメカトラに襲われながらもその場にいた者すべての力によりかけがえない価値を生み出した「Sentimental Venus」であり…そして例えば、3rdで盤石の布陣の元披露された「アイル」です。

 

そして2021年2月。リスアニライブが開催された時、私は現地に行くことはおろか配信をリアタイすることすら出来なかったのですがTLでとんでもない情報を見ることになりました。

 

 

 

 

第一報を聞いた時「すごい」という感想より先に「恐怖」に近い感情を抱いた。

 

「アイル」は強き曲です。私でさえ分かる強き曲です。常人には扱うことすらままならない、強すぎる曲と言っても過言ではない。

アイマスのみならず日本全体の「ライブ」が窮地に見舞われている今、「ライブで歌う」という行為はそれ自体が今までにない重みをともなうものになっています。その上でその舞台上で何を表現するかというのは本当に人それぞれだとは思うのですが、今ただでさえ重みある「ライブで歌う」…もっと言えば「バンド生演奏で武道館の有観客ライブで歌う」という行為に、「『アイル』を歌う」という強すぎる要素を乗算するのは率直に申し上げてどんなアウトプットが出ているのかまるで想像ができなかった。

 

実際どうだったのかをやっと見れたのは木曜日のことでした。

 

 

前の曲(このみさんの「dear…」)との間隔はわずか3秒。バンドが奏でる最初の「チ、チ、チ、チ」という4カウント、その3音目から4音目に被せて発せられる第一声「Sho-」。その一手で武道館の観客席がそして全国の配信PC席が震えた。

3rdでの重厚なバトンタッチ(「プラリネ」を歌い終えたジュリア/愛美さんがじっくりと時間をかけて翼/Machicoさんの脇に遷移する)とは全く異なるまさかのアプローチ。起きるはずのないことがあの数秒間に起きた。

 

イントロ。平時であれば間違いなく「ハイ!ハイ!」等のコールが途切れることなどありえない区間。今回であっても、いや今回だからこそ、今までに誰も聴いたことのないような惜しみなき賞賛の絶叫に本来なら包まれて然るべきだった区間そこに声はない。唯一その場で声を出すことが許された翼が歌声を出さないそこに声はない。あまりに悔しい景色でありながらしかしそこに声がない故に「武道館生バンド演奏用に創り出された、この舞台専用の『アイル』」の特別な音色は配信越しにであっても耳に刺さる。

 

一番Bメロ。"翼"が羽撃く。

翼の手の中にあるのはハンドマイク。彼女の立ち位置を縛るマイクスタンドはここにはない。彼女の左右可動域を縛る存在すらこの舞台上にはない。そんなこの舞台の構成要素全てを追い風にして翼は走り出す。この広い舞台すべてが自分の居場所であり自分の進める場所だ、そう証明するかのように翼は舞い上がる。その声だけでなくその腕でその脚で…その全身で、最高にワガママで最高に自由な姿を見せつけた翼は、"翼"になる。

 

一番サビ。それまで青かった会場のライトが赤へと転じる。AメロBメロを通じて暖められ続けた会場に「爆発するのは!!!今だ!!!」と思い知らせるかのように赤く染まる。観客席はそれに応える。ある者は拳を突き上げ、ある者は両手に黄色のライトを掲げて、翼に熱気を届ける。そこに居る者は全てが翼PではないどころかPですらない者すらそこには居るにも関わらず、この観客席は翼の歌のために翼のこの一瞬のためにひとつになる。

この会場が「満席」でないことなど誰もが知っている。この会場の席うち二つに一つは疫病から身を守るために奪われていることなど誰もが知っている。誰もが「(マスクに覆われている、そして発声を禁じられているという二重の意味で)口を封じられている」ことも誰もが知っている。にもかかわらず、その常識をすら忘れさせんがばかりの勢いで熱気は爆発する。ここがどんなに完成にも歓声にも程遠い場所だったとしても、その絶望的な距離すら乗り越えてこの歌は届く。この一瞬でしか届けられない付加価値と共にこの歌は届く。

 

二番Aメロ。舞台を(演者側から見て)右から左に向かって歩きつつ「足音フタツ」がその声でその指で示される。この曲は「ソロ曲」であっても「翼ひとりの曲」ではないということが示される。翼と一緒に歩きながらその隣から横顔を見ているような、そんな心強さすら感じるパート。

 

そして最も美しいパート――二番メロ。翼が手を伸ばす。今手を伸ばす。

もし「10秒でこの『アイル』の魅力を伝えろ」と言われたら私は迷わずこの10秒間を見せようとします。かつてないこの暗闇の中、それでもかつてなくワガママでかつてなく自由になったひとりのアイドルが、今共に歩くために手を伸ばすこの瞬間が何よりの勇気。

そこに勝算があるのかと聞かれて「ある」と答えられる者がいるのか私には分からない。あまりにも色々なものが簡単に変わってしまい変えられてしまうこの時代においてはあらゆる行為が大なり小なり賭けになってしまう。それでも、いやそれだからこそ、「それでも私は『見たい』んだ」「だから私は、今は、一緒に進みたいんだ」――その想いを笑顔でそして真剣に歌って手を伸ばしてくれるアイドルのひたむきさは本当に胸を打つ。届くものがある。

 

大きく腕を、"翼"を広げて舞台中央に戻る翼はラスサビへ。あまりに苦しいこの1年を乗り越えてきた全ての聴き手を前に「何十億年」という地球そのものの歴史を抱きしめるかのような動きをしてから「それさえ越えて見せる」「何があったってあたし自身を届けて見せる」「そこへの道はあたし自身が創造して見せる」という翼の決意が最後まで途切れることなく歌い切られます。

 

歌い切られたのを見届けた瞬間私は声が出ませんでした。どんな言葉を使えばこのパフォーマンスを称えることができるのか分からなかったから。歌そのものの力も歌手の力も想定値をぶっちぎる勢いで引き出しつつ、それだけでは到達し得ない領域の「何か」に届いたこの出来事をなんと呼べばいいのかすぐには分からなかったから。観客の力も、演奏者の力も、不幸な運命さえも味方につけてたどり着いた高みのことをなんと呼べばいいのか分からなかったから。

 

たっぷり十数分を要したのちに私が発した言葉は「神懸る」というものでした。

もし、人事を尽くして天命すら宿らせ今この一瞬にしか出来ない至高の行為をやり遂げたこの行為に対してすら「神懸る」という言葉を使えないとすれば、この言葉は何に対して使えばよいのでしょうか。この行為はそれほどのものでした。

 

 

 

思い返せば。私が初めてミリオンに心奪われる経験をしたのは「てづくり39」でした。アイマスライブイベント史上最悪の時期において、ただ涙を飲んで潰えた希望を送るしかなかった日々に最初の終止符を打ってくれたのがミリオンの面々でした。「とにかく創造を続けるんだ」「今の私達の想いをどんな形であっても届けるんだ」、その覚悟と願いを元に最初の一歩を踏み出してくれたのがミリオンでした。

そこが入り口だった私にとって今回のアイルは本当にぶっ刺さる。「一発限りの決戦仕様の覚悟と願いの歌」と化した今回のアイルは

本当にぶっ刺さる。最後の締めに創造と感謝の歓びを歌う「Brand New Theater!」を持ってきたところまで含めてこれ以上がまるで思いつかない。

 

 

(↑この呟きでも少し触れてますが、セトリの妙という意味では「クリムゾン・ロッカーズ着装で開幕生バン『ガルフロ』でぶっ放し『EVERMORE』で締めた」シンデレラも今回大分分かってんなぁ!?って真似して行ったと思います。「これがシンデレラのロックだ」「これが立ち止まらないシンデレラだ」というメッセージとしては最上級のモノだったと思う…)

 

 

アイマスと「有観客ライブ」の歴史が今後どうなるか正直読み切れない時代ではあります。我が担当を"あおぞら"に戻したい、必ずそこに帰りたいという思いの強さで私は誰にも負けたくないと思っていますが現実問題として思いだけで未来は視えない。

そんな中でではありますが翼は「今」を視せてくれた。今有観客ライブを行うこと、今歌を届けること、その行為が持つ可能性を最大限に引き出し実体化してくれた。

この一年間、極めて一部の例外を除いて「過去」を見ながら話すことしかできなかった、そして必ずしも全ての可能性に対して確信を持てて話すことができた訳ではなかったことを思えば、こうして最高級の「今」が視られたことがいかにこの上ない希望か。

 

翼、ありがとう。この日のあなたの歌が何人の手を引くことになったか分かりませんが、少なくとも、あなたの歌は、あなたが見せてくれた景色は、私の手を引いてくれた。

 

私に恩返しができる日が来るかは正直分かりませんがもし来たらその時は私は出せる手は惜しまない。約束します。

 

 

「■「アイル」ダウンロード版(Harmonized ver.)の購入はこちらってアイマス公式HPに書いてあった。

 

(温泉半熟卵)