【事件の概要】

これは、20年程前の事件である。

事務所に、A子さんが来たのは、夕刻であった。A子さんは、1週間前に夫B男くんを交通事故で亡くしていた。A子さんとB男くんは、B男くんの両親の反対を押し切って1年前に婚姻していたのであった。

A子さんとB男くんの間には、まだ子供がいなかった。

B男くんの遺産は、最近買った中古マンション(2000万円)と受取人を「相続人」と指定した生命保険金(2000万円)のみであった。

A子さんは、遺産を全て取得したいという。

 

【回答】

本件において、相続人は誰か。

子供のいないA子さんは、第2順位のB男くんの両親とともに相続人となり(民法889条1項1号)、遺産について分割協議をしなければならない。しかし、A子さんは、B男くんの両親に嫌われているし、A子さんもまたB男くんの両親を嫌っている。双方、遺産分割協議をする意思など無かった。

A子さんには、B男くんの両親と遺産分割協議をしなければならないことを説明し、1回目の打合せを終えた。

後日、A子さんは「私、妊娠しています」と言い出した。相続においては、胎児は相続人となる(民法886条1項)。しかし、胎児と遺産分割協議をする方法はない。

結局、10ヶ月後、A子さんの産んだC男くんに特別代理人を選任して、遺産分割協議を行い遺産の全てをA子さんが取得した。

3年後、A子さんはC男くんを連れて、事務所に現れた。A子さんは「その節は大変お世話になりました。お陰様で、この子も3歳になりました。B男の両親もC男を可愛がってくれて幸せな毎日を送っています」と言った。

しかし、A子さんは帰り際に「B男の両親が、時々、C男くんはB男の小さい頃に似てないと言うんですよ」と言って、微笑んだ。