草津から車500kmほど運転し
今は、広島市内にいます。
広島市内につくないなや
お好み焼きを食べに。
広島で食べるお好み焼きは
大学1回生で初めておとずれた
ゴールデンウィークで
大阪南港からフェリーに乗って
鹿児島から草津まで
ぐるっとめぐってきた時、以来。
広島に来たのはその時と
中学校の修学旅行で来ただけで
3度目の広島。
お好み焼き店のお兄さん
(たぶん、同い年くらいの人)
に声をかけられ、終始美味しく楽しい
ディナーを楽しみました。
ほろ酔いのツジは
ホテルの部屋の引き出しに
「わたしのヒロシマ(My HIROSHIMA)」
という本を発見しました。
この本は、ご丁寧に英文も書かれており
日本人であればほっとんどの人が知っているであろう
あの広島に原爆が投下された日のことが
絵本としてまとめられています。
広島に原爆が投下されて、68年を超えたそうです。
広島の原爆投下について知ったのは
小学校入学前くらいだったと思う。
元々、なぜかわからないが
第2次世界大戦のことはとても興味があり
原爆についての知識は脳内に入っていた。
そのころはまだ過去に
アメリカとのケンカがあって
アメリカが原爆で日本に悪いことをした
くらいの認識しかなかった。
小学校に入学して学校で
平和学習として授業で
原爆アニメ映画を何度か見させられていた。
この映画で僕の戦争当時のイメージは
形成されたと言ってもいい。
でも時が経つにつれ
原爆について触れる機会は1年に2度
広島と長崎の原爆投下日の黙とう時だけになった。
マスコミもほとんど原爆については報道しないし
夏になっても原爆投下日直前と終戦記念日以外
ほとんど話題にも取り上げていなかった。
東日本大震災によって原発事故が起きるまでは。
2011年3月の原発事故により
国内の原子力に対する関心が一気に高まった。
原子力についての報道が
皆無に近かったマスコミも
頻繁に原子力と放射能
そしてそれに後付けするように
世界で唯一の核被爆国という
メッセージを添えて報道し始めた。
脱原発が各選挙で
一つの争点となったように
原発問題はいまだに続いている。
そして今日、広島に原子爆弾が投下され
多くの人が亡くなられてから68年が経った。
今、広島原爆について思うこと。
小さいころから受けてきた
原爆に関する教育はまぎれもなく
ツジのアイデンティティの一部を形成している。
平和教育をプログラムに組んだ側は
諸手を上げて喜ぶと思う。
平和教育が成功したと。
でも、ツジ自身受けた教育をそっくりそのまま
ツジの脳に刷り込むのではなくて
ツジなりの戦争観は作り上げている。
あの第2次世界大戦は
「〇〇の国が悪い」というような
戦争責任を特定の国に突き付ける考えは持っていない。
というのも当時の世界の社会システム自体が
欠陥システムだったからだと思う。
もちろん現代の社会システムも欠陥だらけだけど。
でも、被害を与えた国に対して
戦後の日本政府は誠心誠意謝罪と賠償を行った。
ここは高く評価されるべきだと思う。
敗戦国=悪者
という世界のルールをきちんと遵守しているし
賠償金額を見てもかなりの額だ。
いまだに「謝罪と賠償」を
過去にしたにもかかわらず再度求めてくる国があるが
あれほど滑稽なものはない。
現に過去に清算されてる。
あーいう国家的なたかりは完全に無視すればいいと思う。
本来あの戦争で悪かったのは
世界を形成していたシステムなのだから
今後賠償を求めるなら国連へどうぞ。
本題に戻るが、原爆について。
原発事故を受けて日本全体で
考えるようになれたのはとてもいいことだと思う。
ただ、ツジが問題視してることが一つある。
それは、原爆と原発問題を同じ一括りとする動きである。
原爆は戦争というカテゴリーに入り
8月6日という日はそれを記憶に残し
受け継いでいくことで
二度と同じ過ちを繰り返さない
という願いが込められている。
だが原発問題は
戦争のカテゴリーではない。
環境のカテゴリーだ。
戦争の記憶とは決して結びつかない。
爆弾から生まれた放射能と
発電から生まれた放射能は全くの別物だろう。
だからマスコミは
8月6日の広島平和記念式典では
原発問題と切り離して
戦争と平和についてだけ報道すべきであるし
脱原発団体も8月6日に脱原発を訴える
ようなことはしないでほしい。
この日は68年前を考え
日本のために戦い亡くなられた人達
ならびに原爆の犠牲者の死を悼み
原爆被爆者の声に耳を傾ける。
こういう日だとツジは思う。
実際、日本は唯一の核被爆国という用語
これを去年の脱原発デモの集団の一部で
主張していたのを見かけたが
正直呆れてしまった。
核被爆国だから原発辞めろ
という論理構成自体意味不明だし
そもそも原発反対を正当化する理由として
核被爆国というワードを用いるのは
本当に腹が立つ。
被爆と被曝の違い知ってる?
広島か長崎に行って資料館見てきた上での主張?
さっきも述べたように
属するカテゴリーが違うから
脱原発訴えるなら核被爆国だから
というワードは避けるべきだと思う。
また戦後68年という長い年月によって
日本人の意識において第2次世界大戦が
関ヶ原の戦いのような扱いとなることは
あってはならない。
現状、原発事故が起きるまで
原爆を考える機会が日本全体で
ほとんどなかったように
戦争の記憶は風化しつつある。
だから原爆も含め
空襲や沖縄本土での戦いなどの
戦争史についてきちんと知る機会を
再度設ける必要があると思う。
受験のための勉強だからということで
戦時中の史実についての勉強が
空洞化しつつある現行の教育制度は
改善されるべきだとも思う。
自虐史ではなく
愛国教育を取り入れることを前提として。
まとめると
【1】原爆と原発問題は切り離して考えるべきこと
【2】風化しつつある戦争の記憶を平和教育によって改善すること
この2点がツジの主張だけど
これにもう1つ加えるなら
社会人が第2次大戦中のことについて
各自の戦争観でもいいので
ぶつけ合うことができる機会が
あるといいと思う。
【途中、津山に寄り道してホルモンうどん、いただきました!】
さて、寝ます。






















