物心ついたときにはもう、ある女の家で生活をしていた。
僕らにとっては自我の芽生えは個性の芽生えであり、多分その頃にはもう売られてから一年ほどは経っていたんだと思う。
なんだかやけにやかましい女で、よく僕を呼びつけては他愛ない話で自分で笑っていた。
個性の塊みたいなその女は、僕から見ればくだらないことを毎日のように見つけては大事件のように大仰に話した。
何ともつまらないありふれた話ではあるが、ただただそういう日々が安穏と続いた。
毒気を抜かれる安住に、僕は適合した。
浅薄さが僕を特徴付ける数少ないファクターだというのはいくら何でもぞっとしない話ではあるが、無個性な僕の中にそれでも個性を探すと言うなら、やはり度を超えた愚か者である点くらいしか挙げられやしない。
本来軽々に無個性と断ずるのは神の偉大な計画とやらに礼を失したことなのかもしれないが、こと僕においては、そういう風に作られているのだから多少強い言葉を使ってもお許しいただけることだろう。
人形に無表情が与えられたのと同じ理由で、表情を持つ僕には無個性が与えられた。
個性のないのが個性だなんてなんだかうら寂れた古臭い表現だけれど、相手に合わせるのが使命の僕にとってこんなに都合の良い性質はなかった。
人形と違うのは、僕は求められた個性を定着させ、やがてその通りの者に変わっていく点。
僕の持つ記憶の中でもいっとう古いセピア色の処置室で、僕の製作者からそんな説明を受けたことをうっすらと覚えている。
なんだか履き慣れた靴みたいな話だなぁ、と僕は思った。
歩がいつもの帰り道を通りかかると、いつもと違う光景がそこにはあった。
「なんだこれ」
なんとも珍妙である。無残とも言えるし滑稽とも言えるが、いずれにしてもちぐはぐであることだけは確かだ。
変わり果てた梅を目の当たりにして、歩はしばし黙考していたが、やがて誰にともなく「桜も悪くはないな」と訳知り顔で呟くと、ただ一人頷いたのだった。


終わり