遺灰はあまりに無味乾燥な粉末でしかなく、あの女の名残がこんなものなのかと訝しんだ。なんとはなしに香りを確かめてもみたが、もちろん無臭であり、なるほど死んでいるとおかしな納得をした。
意外というかやはりというか、随分とあっさり逝ってしまった。まさか予期していた訳ではあるまいが、末期のときも安らかな顔をしていたような気がする。
そのせいか、大した落胆もしなかった。或いは、それもまたそういう風に作られているおかげなのかもしれない。僕らは買い手より長く生きるよう出来ているから、作り手が気紛れを起こしたのだろうか。
知る由もないが、都合は良かった。何しろ、僕は一人で生きなければならなくなったのだから。
夕餉を前に、少しばかり振りすぎたタイムの香りを鼻腔に満たすと、女は破顔した。
「いい香りだね」
香草は香り付けに使われるものであり、本来さもありなんと言うべきだ。
が、何事にも限度というものはある。あるはずだが、
「限度があるのは香りじゃなくて君の鼻」
したり顔で言われたことを思い出す。
いつも通りのくだらないつまらないレトリック。意味ありげに言うは良いが何も考えていない。その時はそう思った。
多分、それは当たっていた。

全く、賢明な女だった。
何も考えず、何もかも感じて、それでいて何かを分かっていて。香港の某アクションスターもかくやの賢明さだった。
何も分かっていなかった僕は、そんな彼女のお気に入りだった。
風流を好む女だった。
即物的でなく、かと言って大した精神性もなく、幼稚に月を喜び、無邪気にせせらぎに触れ、嬉々として虫の声を聞いた。
風流を好むと言うべきか、むしろ大した俗物だったような気もする。とにかく趣深い事物に触れては、無垢もいいところな反応をしてははしゃいでいた。
目まぐるしいほど多彩な表情を見せた彼女だったが、一貫して何も考えていないことだけは確かだったろう。彼女を知らない者が外面だけを見れば、道化さながらの愚か者にしか見えなかったに違いない。
ある意味没個性とも言える「個性的のステロタイプ」のような彼女は、あらゆるものを愚鈍に喜んだ。
僕はと言えば、そんな彼女を内心気に入っていた。僕らに与えられた性質を鑑みれば、それは当然のことではあるのだが。それを表面に出さなかったのもまた、彼女に与えられたひねくれた性根の為せる業だったのだろう。