貿易部のオフィスは普通のマンションの一室で、入り口がある中庭は道路よりも一階低くなっており、道路と中庭を結ぶ坂道が窓の半ばを塞いでいた。オフィスは、いわば半地下室だったのだ。
貿易部は輸出課と輸入課でなっており輸出課は正規社員が3人、輸入課は2人だった。後で輸出課に非正規の女性社員がひとり加わり私が深く関わる事となったある出来事の原因となるのだがこれについては後で書く。
私が配属されたのは輸入課だった。SBさんという色が白く頬のふっくらした女性と小柄で額が禿げ上がり口ひげを生やしたUさんが居た。Uさんは言葉を掛けると即座に反応する機敏さとバイタリテイーを持った人だった。栃木から都心へ出て来たためお国訛りが言葉の端々に出て、それを隠さずにまくしたてるところが私には親しみが持てた。
輸入課が扱っている会社は50近くもあった。商品の数で言うと100は超えていた。それをすべて私一人で管理しなければならないと知った時、出来るだろうか?と心配になった。貿易の輸入手続きに関しては何も知らないずぶの素人だったから。
机はUさんとSBさん用の二つしかなかった。Uさんは近いうち営業へ転出するのだが私が業務に慣れるまで暫くの間は輸入課に居て引き継ぎをするので私用にデスクをひとつ追加してくれた。
SBさんの担当している会社がたった一つしかないと知って驚いた。
ウインザー・ニュートンという英国の絵の具メーカーだ。
「絵の具を一本一本扱わねばならず、細かい注意が要るし数が多いから時間がかかるのよ」とSBさんは、周りが非難の眼で見てることを承知してる様子で、一見マイペースで好きなように仕事してるように見られがちだけど、それは実情を知らないからで、こうしなければこの大事な会社とは関係を保てないのだと、ウインザーニュートン一社だけを任されてる理由を弁護して言った。「なんだかそれでも先にその仕事に就いた者が特権を自衛してるみたいに見えるけどな」と秘かに思わないわけではなかった。
(つづく)
水彩絵の具セット。ヨーロッパの伝統、深い色合い