長編第二部の草稿 その③ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

「いろいろご苦労されたんでしょうね。お疲れさまでした」
「このへんじゃあ、近頃めったにない大工事だって、地元の新聞に載ったくらいだよ。……ところで、プレスの型なんだが……」
Nさんは、苦りきった顔になって言った。

「ダンケルクから運んでくる途中でな、カーブで積み荷を落っことしやがったのさ」
「ええっ!運送屋が積み荷を落っことしたんですかい? で、型は壊れたんですか?」
「一個が大破だよ。使えなくなった。造りなおさんといかんね。Sさんが詳しい事情知ってるから聞いてごらん」

Sさんは、荷台の型をしっかり固定してなかった運送会社の過失だと言った。日本でもう一度同じ型を造りなおさないとダメだという。呆れたというか、日本じゃありえない間抜けた話だ。

 

 

自動車ボデーのプレス金型 ↑ (写真拝借しました)

 

Sさんは型保全にはまったくの素人だが、型保全もメンテの所属なので一応直接の上司なのだ。Sさんは、おれと同じ高卒で課長まで上り詰めたこの会社でも珍しい人だ。そのSさんによれば、社長も工場長も一戸建ての家を会社から支給され、家族同伴のうえ、お手伝いさんが毎日掃除に来てくれるという。Nプレス部長は、30km離れたリールの郊外のマンションに、S課長は、工場のすぐ近くの町のアパートに入っている。二人とも出張ではなく、出向者として家族帯同だ。

日本から現地に出張で来るトレーナーさんたちの宿泊用に会社は、工場の近くに建売住宅を20軒近く買ったので、そこへ入居を勧められたが、おれは断った。変人と見られるかも知れないが、おれは仕事が終わったら、自分独りの時間を持ちたいのだ。向う三軒両隣同じ会社の人間ばかりと面付き合わせた生活などまっぴらごめんだ。それで、他のトレーナーさんとは少し離れた場所にアパートを借りてくれるよう頼んで置いたのだ。

この会社は上下のヒエラルキーをやかましく言うところがあって、日本の伝統文化と見做してるのか、先輩、後輩の関係が重視される。おれが寮長だった学園でもそこんところはまったく同じで、おれ自身その心理を寮の風紀維持に利用してた。だが、フランスへ来てまで、そんなしがらみというか、ベタベタした人間関係を引き摺って欲しくない。おれが料理の腕がいいことはみんな知ってるから、トレーナー・ハウスなんかに入った日には、おれんところへ和食の恩恵に与ろうって輩が毎日押しかけてきて、独りゆっくり寛ぐ時間も持てなくなることが目に見えてる。寮長を2年やったお蔭で、
人の扱いには慣れてるつもりだが、個人主義の国、フランスへ来てまで、仕事が終わった後もサービスに徹しなければいけない理由はない。おれも、人生で一度きりの外国暮らしを、フランス人並みに、余暇を好きなことをして楽しみたいのだ。型保全の同僚たちだけには、たまには腕を揮って和食を食べさせてやりたいと思ってはいるが、他のショップのやつらにこっちの生活を搔き乱されるのだけは、まっぴらご免だ。そんなわけで、おれは、トレーナーの中じゃ例外らしいが、独りだけ離れた場所にアパートを借りてもらった。

来て見てびっくりした。アドミが手配してくれたアパートは、工場から車で10分ほどの便利な場所にあるが、車を置く中庭の入り口が地上1メートルほどしか開いてなく、すぐ上を建物が塞いでいて、道路から見ると車の屋根がつかえそうに見える。どうやって入りゃいいんだと訝りながら近づくと、 車の出入り用に、地面が掘り下げられていて、急な坂を降り登って中庭に入るのだった。フランス人は変わった設計をするもんだと呆れてしまった。

 

 

    (第一章おわり)