ニコラ・ユロ(Nicolas Hulot) 環境大臣がついに辞任した。昨年の入閣時、フランスはノートルダム・デ・ランドの空港建設計画問題を抱えていたので、ナントの南のこの土地が稀少な動植物の生息地だと空港建設に反対する主に青年たちが小屋を作って棲み込み、2年前には排除に出動した機動隊の放った催涙弾の直撃を受け一人の青年が死亡する事件が起きた。
ニコラ・ユロは環境保護を訴える市民運動の中心的存在だったのでもちろん空港建設には反対。マクロン大統領の巧みな説得を受け入れ環境大臣に就任した。マクロン大統領との間には空港建設を強行するならすぐに辞めるという密約があったようだ。空港建設計画はマクロン/フィリップ政権発足直後に廃止が発表された。ただ、ノートルダム・デ・ランドは国有地なのでそこを不法占拠し居住していた反対派の小屋はブルドーザーが入って強制撤去された。
8月28日の早朝、ラジオ局、フランス・アンテール France Inter の15分番組に招かれ、放送局に出向いたニコラ・ユロはその場で誰一人予想しなかった辞任を口にしたのだった。「私は人生でいちばん重要な決断を今しました。内閣を去ります。」インタヴューの冒頭でこう語り始めたのだった。「もうこれ以上ウソは吐けない……」おそらく、この言葉はこの環境保護活動家の本心を率直に語るものだろう。
きっかけとなった直接の問題は、アメリカの裁判所が殺虫剤グリフォサット glyphosate の使用により健康を害したとの農民の訴えを認め、製薬会社のモンサントに有罪判決を出したこと。この判決が出る数か月前からフランスではこの農薬を使用していた農民たちが即時禁止すべきだと訴えていたのだが、EU会議は禁止は10年後にしようと折衷案を持ち出しマクロン大統領も受け入れざるを得ない状態にあった。
EUのこの態度の裏には、ドイツの製薬会社バイエルがモンサントと資本提携関係にあり、アンゲラ首相も強くは出られない内情があった。「政権を取り巻くロビーが正しい主張を金のために捻じ曲げている。フランスの現政権は環境問題を優先課題としていないことがわかった。この数か月間、私は苦しんできた」とニコラ・ユロは告白した。
環境保護運動家としてニコラ・ユロはフランス市民の間で最も人気が高い人物だった。地球の将来を思い現代社会への徹底した批判精神を持つ活動家が経済最優先を掲げるマクロン大統領の超リベラルな政治思想を閣僚として受け入れねばならない矛盾に直面し葛藤に苦しんだのだろう。
ニコラ・ユロは、シラク大統領、サルコジ大統領、オランド大統領と歴代の大統領から環境大臣になってほしいと要請を受けた人物だがすべて断って来た。
マクロン大統領は並外れて弁舌が巧みだから、ついに折れて入閣した。今回の辞任はデンマーク出張中の大統領にも事前に明かさず、フィリップ首相にも奥さんにも洩らさなかった。28日の朝、インタヴューの現場に入った瞬間に決断したとみられる。「事前に大統領や首相に明かせば、必ず引き留めに説得されるから」というのが誰にも明かさず直前まで自分ひとりの胸の内に秘めていた理由らしい。翌日ニコラは大臣執務室を去った。
デンマークでこの報を聞いたマクロン大統領は「ニコラ・ユロは自由人です。私は個人の自由を尊重するので彼の決断を尊重します」とコメントした。
ニコラ・ユロは1955年リールに生れ63歳。祖父は有名な建築家。環境派として政治に進出する前はテレビの環境保護番組 Ushuaia のキャスターとして人気があった。
フランスの環境保護運動は20年ほど前に一時高まりを見せたが、その後分裂、社会党政権時代は大統領候補にもなったセゴレン・ロワイヤル女史が環境大臣としてスーパーのプラスチック袋の配布を禁止した。2015年12月には、フランスが議長国となり国連主導の許、京都議定書の精神を受け継ぎ、地球温暖化防止のためCO2 排出規制を2020年から適用すると世界の195か国+EUの賛成を得て「PAC21」パリ協定を成立させた。
現代社会の生産と消費の関係、構造、システムそのものを変えなければ環境破壊は止められないと考える大多数の環境保護を訴える人たちと、失業問題を解決するには雇用を創出する経済政策を優先すべきと考えるマクロン/フィリップ政権の考えとは根本的に相容れないことは、ニコラ・ユロ氏の大臣就任時から分かっていた。いつか辞めなければならないだろう、とはらはらして見守っていたのが正直なところ。
ニコラ・ユロに代わる人物が果たして見つかるかどうか? 後任は非常に難しい役をこなさねばならない。9月に内閣改造が予定されてると風聞があるので見守りたい。
ヽ(;´ω`)ノ
