アーサー王伝説その⑯ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

前回、アーサー王と騎士たちが座ったとされる円卓が実在すると書きました。英国ウインチェスター城に飾られてるんです。

 

 

 

 

中心部に紋章化された5弁の赤バラと不思議なことに赤バラに重なって白バラが描かれています。 英国では周知のとおり赤バラは大貴族ランカスター家の紋章で、白バラはヨーク家の紋章。王位継承をめぐる「ばら戦争」は1455年から1485年の30年間続きました。ランカスター家のヘンリー7世とヨーク家のエリザベスの結婚により両家の戦いが終わり、ここに示されるように赤バラと白バラが合体しました。

円卓は全体が25の放射状に区切られ、交互に緑とベージュに塗られています。上部の区切りの 部分に王冠を頂いた王の肖像が描かれ、あとの24の区切りの円周部には、それぞれ円卓の騎士の名前が記されています。

一番目に王国に破滅をもたらすモルドレッドが記されているのはどういうわけだろう?間を省略して8番目にアーサーの乳兄弟で国務長官のケイ。11番目にランスロットの従兄にあたるボールス・ド・ガニス Bors de Ganys。18番目にアーサーの甥のガウェイン。19番目のトリスタンは Tristram Lyens と書かれています。21番目はペルスバルですが Percyvale と書かれています。23番目のランスロットは Lancelot due Lake。そして24番目、アーサー王の左手に座すのはランスロットの息子のガラハットGalahallt。

 

 

 

聖杯の騎士とされているのはペルスバルのほかにガラハットとボールスの三人なんですね。13世紀の作者不詳「ランスロ聖杯物語」では、この三人のうち聖杯の神秘を見たガラハットは恍惚のうちに死んでしまい、ボールスがアーサーの宮殿に報告をもたらします。

この円卓はヘンリー8世の治世の初期、神聖ローマ皇帝カルロス1世(カール5Charles2世)  来訪の折、塗りなおされたとされています。紅白のバラが15世紀の「ばら戦争」の終結を示す とすれば、円卓が作られてから250年以上後に描き加えられたと推定できます。

 

 

 

 

ウインチェスター城 とアーサー王伝説のかかわりは深い。というのも、クレテイアン・ド・トロワ 以降のこの伝説の文書として残り、しかもアーサー王伝説の集大成ともいうべきトマス・マロリーの「アーサー王の死」の写本が1934年にウインチェスターで発見されているからです。

トマス・マロリーはウェールズ出身の騎士で1470年に「アーサー王の死」を書きました。 散文ロマンスのこの大作はイギリス最初の出版業者ウイリアム・キャクストンの手で印刷本に されヨーロッパ各地で広く読まれました。

1934年に発見された写本はより原典に近いとされウインチェスター本と呼ばれています。


日本では、筑摩書房から2004年から2007年にかけてウイリアム・キャクストン版全5巻が 井村君江訳で出版されました。トマス・マロリーの「アーサー王の死」ウイリアム・キャクストン版の 初の完訳です。

そしてより原典に近いとされるウインチェスター写本の完訳も出版の年は定かでありませんが、 最近になって青山社から上下2巻で出ました。「完訳アーサー王物語」とタイトルされ、中島邦夫、 小川睦子、遠藤幸子の訳です。ISBN 4915865622

 

  (つづく)