セーヌの増水 その② | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

昨日、千葉さんご夫婦と無事会えました。

午後1時半にオルセー美術館内の特別展「ドガ・ダンス・デッサン」の入り口で、という約束を交わしてたので9時に出ればいいかと前日までは考えてたのでしたが、落ち合う前に日本食品店に行って買い物を済ませておこうと考え直し、早朝に眼が覚めてしまったこともあって、7時には家を出ました。

 

道はガラガラに空いていて、パリには10時前に着いてしまった。お土産のジアンのお皿が入った袋を肩に掛け、駐車場からオルセーに一番近いソルフェリノ駅まではメトロで行きました。

午後1時には落ち合い場所に着いてしまったので、同じ階の印象派の絵を観に行きました。

シスレーの「ポール・マルリーの洪水」の絵もありましたよ。

 

 

 

 

1時半すぎたら会場内に入って展示を見ながら待つこと、としてあったので、最初の部屋の展示を観はじめました。

ヴァレリーの「カイエ」の原本が10冊ほど開かれていて、直筆を見ることが出来ました。

ヴァレリーは第一次世界大戦の間中、毎朝4時に起きて自分でコーヒーを入れ、静謐な時間を言葉と想像と認識と人間のあらゆることに関して彼個人の観察、想念、思索を簡素なノートに書き綴ったのでした。長編抒情詩を書き続けながら、詩と音楽、音声、言語と人間の情緒、感情、心理、深層意識などについての省察を重ね、長編詩を完成して戦争終了と共に発表したのでした。

それが20世紀前半の抒情詩の傑作といわれる「若きパルク」です。

ヴァレリーは1871年10月30日に地中海の港町セート Cette に生まれ、1945年7月20日胃潰瘍のためパリで亡くなりました。

フランスが解放されたばかりでしたが、ド・ゴール大統領はヴァレリーを国葬にすべきだと固執し、ヴィクトル・ユゴー以来二人目の詩人として国葬されました。

 

7月27日、ヴァレリーの遺体は故郷のセートへ運ばれ、地中海を見下ろす「海辺の墓地」に埋葬されました。

ヴァレリーの精緻な思考の跡を、3時間車を運転し、そろそろ疲れ始めた身体と頭で読もうとしても、まったく言語機能が働かず、読めないことが分かりました。ドガのデッサンと絵を見るだけにしようと諦めが着いたころ、千葉さんの姿が目に留まりました。

3人でオルセーは早々に出て、ソルフェリノ橋を渡ってチュイルリー公園を横切り、メトロでオテル・ド・ヴィルへ行き、そこからノートルダム寺院の後ろ側に出ました。千葉さんはノートルダムの後ろ姿が好い。ファサードの男性的な姿から女性的な後ろ姿まで、滑らかに連続的な移行がなされてるのが凄い、と言ってました。

セーヌの増水を見ようと橋の上にも、河岸の水際までも、たくさんの人が居ました。アルシュヴェッシュ橋のたもとには、そこからがノートルダムがいちばん美しく見えるだけあって、数人の人が三脚を立てカメラを構えてました。

こちらも負けずにシャッターを押します。

どこのカフェも満席で、サンミシェル通りの近くまで行ってやっと空席がありそうなカフェに入り、ソファに落ち着きました。

オルセーに居た時から千葉さんが背中にリュックを背負ってるので、だれかお友達にお土産でも持ってくのか? と訝ってましたが、その全部がめのおあてのお土産だったのにはびっくりしました。

 

文庫本三冊だけで荷物になってお気の毒と思ってたのに、味噌と醤油、めのおのカミサンと義理の妹に奥様からのお土産。それに「久生十蘭短編集」を頂きました。

 

三冊の文庫本は、スピノザの「神学・政治論」上下とシラーの「群盗」です。

奥様がつい最近読まれた芥川賞受賞作「おらおらでしとりえぐも」について話され、めのおが、「あれ、宮沢賢治の(あめゆじゅとてちてけんじゃ)に出てくる Ora Orade Shitori egumo でしょ」と言い、奥様が「永訣の朝の言葉かあ~」と気が付いたのでしたが、千葉さんが、いま暗誦したリフレインもういちど言って、というので繰り返すと、

「雨と雪をいっしょにとってきて」つうのはヘンじゃないか? ともちまえの懐疑精神を発揮します。

 

「そういや、そうだな」めのおはすぐに迎合してしまう。

 

「死ぬ間際の末期のミズなので、甘い(アメ)雪とってきて、じゃないのか」

「へえ~。そうかあ~。でもみぞれじゃなかったかな。雨混じりの雪」

今日、ストーヴの火を入れながら、確かめます。

「青い蓴菜(じゅんさい)のもようのついた

これらふたつのかけた陶椀に

おまえがたべるあめゆきをとろうとして

中略


……ふたきれのみかげせきざいに

みぞれはさびしくたまっている

わたくしはそのうえにあぶなくたち

雪と水とのまっしろな二相系をたもち

すきとおるつめたい雫にみちた

このつややかな松のえだから

わたくしのやさしいいもうとの

さいごのたべものをもらっていこう」


千葉さんのおかげで、雨と雪とをふたつのお椀にとってこようとした賢二の繊細な気持ちと動き、そして詩の細部にこんどはじめて気がつきました。

 

 

    (≡^∇^≡)