スピノザ その⑭ エテイカ 8 第二部の前書き | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

第二部

精神の本性と起原について

 

                       



L'ETHIQUE

Partie II

De la nature et de l'origine de l'âme



中央公論者の和訳では「精神」となっていますが、フランス語訳では「l'âme 」とあります。英語の soul にあたります。めのおは今まで「l'âme 」という言葉を「魂、たましい」と理解していたので、はて? 精神で良いのだろうか? と疑問を持ちました。そこで辞書をいくつかあたってみました。

「小学館・ロベール仏和大辞典」には :
 ①霊魂、魂 ②精神、心、情、感情 ③人間、人、住民 ④(共同体、事物の)中枢、精髄 ⑤(事件、運動などの)指導者、中心人物  ⑥活気、生気 ⑦弦楽器の魂柱(表板と裏板をつなぐ) ⑧(軍事)砲の内腔 ⑨ロープ、コードの芯 ⑩彫像の心線……とあります。

また、フランス語の起源であるラテン語辞書をみると:

 animus : ① esprit ② âme, coeur, sentiment ③ force vitale  ④ disposition d'esprit ⑤ énergie, courage  とあり、「精神」に近い「 esprit 」が第一義にあげられてるのがわかりました。


では、前書きに入ります。


Je passe maintenant à l'explication de cet ordre de chose qui ont dû résulter nécessairement de l'essence de Dieu, l'être éternel et infini. Il n'est pas question de les expliquer toutes; car il a été démontré (dans la proposition 16 de la première partie), qu'il doit y en avoir une infinité, modifiées elle-même à l'infini, mais celles-là seulement qui peuvent nous mener, comme par la main à la connaissance de l'âme humaine et de son souverain bonheur.


「さて、私はこれから、神の本質、言いかえれば永遠・無限の存在者の本質から必然的に生じなければならないことがらを説明することにする。だが、そのすべてを説明するのではない。というのは、私は第一部定理十六において、その本質から無限に多くのものが無限に多くの仕方で生じてこなければならないことを証明したからである。このためここでは、ただ人間精神と人間の最高の幸福の認識に、われわれをあたかも手をとるように導くことのできることがらだけを説明する。」

(昭和44年 発行中央公論者世界の名著「スピノザ/ライプニッツ」工藤喜作、斎藤博訳)


いよいよ第二部でめのおがもっとも関心を抱いている「認識論」(知覚のプロセス、精神と物質、心身問題)に入ります。

有名な「心身並行論」がすぐ出てきますので次回のお楽しみを。

今日はこれからほぼ一か月前に突然失踪したネコ、「ミネット」の捜索願のチラシを作ってご近所に配って回ります。
調子が悪かったプリンターを他のメーカーに買い替えたので、操作に手間取ってます。  

 

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