V (様態の定義)
様態とは、実体の変様、言いかえれば、他のもののうちに存在し、また他のものによって考えられるもののことである。
V. (définition de mode )
J'entends par mode les affections de la substance, ou ce qui est dans autre chose et est conçu par cette même chose.
(注3 もともと様態とは、ものの存在の様式を表すことばとして使われている。だが、スピノザの形而上学の場合、それは一般に、神によって産出された有限者を意味している。実体がそれ自身において存在し、他のものを必要としないのに、様態は他のもの、つまり神のうちに存在する。またこの「……のうち」は単に「……の中にある」という意味ばかりでなく、スピノザの場合には、他に原因を必要とするという意味をもっている。また、この様態のことを彼は変様とも言っているが、変様とは、ものが一定の形、状態において現れることを意味する。したがって実体の変様とは、実体を一定の仕方で表現するもの((第一部定理25の系により))のこととなる。)
VI (神の定義)
神とは、絶対無限の存在者、言いかえれば、そのおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性からなりたつ実体のことである。
VI. (definition de Dieu )
J'entends par Dieu un être absolument infini, c'est-à-dire une substance constituée par une infinité d'attributs dont chacun exprime une essence éternelle et infinie.
説明: 私は絶対無限と言い、自己の類において無限とは言わない。なぜなら、自己の類においてのみ無限なものについては、無限に多くの属性を否定できるからである。(言いかえれば、そのものの本性に属さない、無限に多くの属性を考えることができる。)だが、絶対に無限なものについては、本質を表現し、いかなる否定もふくまないあらゆるものがその本質に属しているのである。
Explication : Je dis absolument infini, et non pas infini en son genre; car toute chose qui est infinie seulement en son genre, on en peut nier une infinité d'attributs; mais, quant à l'être absolument infini, tout ce qui exprime une essence et n'enveloppe aucune négation, appartient à son essence.
以下は下村寅太郎氏による解説から
ヨーロッパ中世の哲学はすべてラテン語を用い、普遍的国際的であったが、近世の哲学者はそれぞれの母国語を用い、それぞれの国民性が顕著になる。
デカルトはフランス的、ベーコンはイギリス的、ライプニッツはドイツ的性格をもっている。
スピノザはオランダで生まれオランダで全生涯を送ったが、オランダ人ではなく、ポルトガルから亡命してきたユダヤ人の子孫である。
スペイン、ポルトガルのユダヤ人はカトリックに改宗を強制された「新キリスト教徒」(マラーネ=豚はその蔑称)であり、それが良心の自由と営利の機会を保証されたオランダに移ると、カトリックにとどまる者、ユダヤ教にかえる者などさまざまであった。
スピノザの祖父はマラーネ(新キリスト教徒)からユダヤ教にかえった人である。それゆえ、スピノザを単純にオランダ人ともユダヤ人ともすることは困難である。環境においてはオランダ人、血統においてはユダヤ人とでもいうほかない。
これらのことはやがて、すべてスピノザ自身によって純化・統一されねばならぬ課題となる。普通には与えられている国家や宗教もスピノザにおいてはみずからつくりみずから決定せねばならなかった。
(。・ω・)ノ゙