お墓詣り | 雷神トールのブログ

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快晴の昨日(10月27日)、一足早いお墓参りに行きました。

 

 

フランスは11月1日がトウッサン(Toussaints=万聖節)。英語で All Saints' Day といい、カトリックの祭日です。

 

カトリックの国では古くから、この日は国民の祝日と定められ、亡くなった親族のために花を捧げる習慣があります。

 

お供えの花が菊の花になったのは比較的最近のことのように思います。仏教とか日本から花屋さんが持ち込んで根付かせたとか、なにかいわれがあるかもしれません。

 

 

昔は11月1日は「諸聖人の日」といい、すべての聖人と殉教者を記念する日で、11月2日が「死者の日」=万霊節として祖先の霊を祀る日だったそうです。

ウイキペデイアによれば、この歴史は古く、4世紀のアンテイオキアに由来するとか、8世紀前半に教皇グレゴリウス3世が決めたんだ、とか諸説あるようですが、シャルルマーニュの時代にすでに諸聖人を祀る行事が一般化していた、ということです。

フランク王国のルイ敬虔王の布告により835年に11月1日をトウッサン(Toussaints=万聖節)とすると定められたようです。

フランス、ポルトガル、ポーランドなどカトリック教徒が多い国は、この日にお墓参りする人たちが多いのですね。

一方、アイルランドなどケルトの習慣が残る国では、キリスト教伝来以前から精霊たちを祭る夜を「Hallow Eve」=「諸聖人の日の前の晩」として祀る習慣があった。19世紀にアメリカ合衆国へこれが輸入され、カトリックが少ないこの国で諸聖人を祝う代わりに精霊のお祭りとなり、「Hallow Eve」が訛って「ハロウィン」になった、ということです。

フランスでは今週初めからトウッサンのヴァカンスに入っていて、学校は休みです。
スーパーへ行っても子供が大勢はしゃぎまわってます。

11月1日は祭日ですがお墓も混むので期日前に(投票)じゃなかったお墓参りをしに行ったわけでした。

 

カミサンはフォンテンヌブローで生まれたので、両親のお墓はフォンテンヌブローの墓地にあります。

 

 

毎月一回はお墓参りをしていますが、ここ2か月ほどご無沙汰をしていました。

この墓地はフォンテンヌブローの街の入り口に近く、パリからだと国道N7で下るか、もしくは高速A6をバルビゾンの出口で降りてN7に合流して、森の途中にあるフォンテンヌブローの街に入ります。入口にあたる大きな交差点を国鉄の駅の方向へ
曲がったすぐのところに墓地はあります。

 

 

森を背後に控え傾斜地にあって日当たりが良く、薄暗さがあまり感じられない明るい墓地です。

ここの墓地なら長期間の覚めることのない眠りに就いても好いとめのおは思います。

 

 

フランスは原則、土葬なので、火葬にして骨灰にしてセーヌ河やフォンテンヌブローの森に散布して貰い樹木の肥やしにする、って選択枝もありますが、火葬にするには特別許可がいるらしいので手続きはなるべく簡単な方が、残った人に負担を掛けずに済むと思います。

めのおは復活だとか輪廻転生などは信じていません。ただ、死んだら速やかに匂い立つゴミとなってこの世を汚さないよう埋葬して貰うのがいちばんいいと考えます。

フランスの田舎のどんな小さな村や町にも教会の近くに墓地があります。でも、だれでも埋葬してくれるわけじゃありません。

その村や町の住人か、そこで生まれた人、というのが条件です。

墓地の値段は日本と比べて格段に安いと思います。日本みたいに毎年お墓の維持費を払わねばならないとか、お盆、お彼岸、○○周忌ごとに坊様にお経を上げてもらうだけに10万円も払うなんてことはありません。

お経なんて、めのおでも半分くらい暗記してるので自分で上げられますよ。なんたって、死んだ人の供養より今生きてる人の幸せのためにお金を使った方がだんぜんいいと思うんですがの。

フランスは大革命で宗教と政治・教育・社会思想とを分離したので無神論者でもお墓に埋葬してくれるところがいいですね。

 

 

最近は、狭いお墓に入って石で押しつぶされそうに眠るよりは灰にして撒いてもらう方が好いという人が少数派ではありますが増えてますね。


お墓参りの後、「お茶」をしました。とっても有名なお店。かのMのマークです。

 

 

 

僕ら年寄夫婦にとっても、割と美味しいし、衛生的でサービスも速やかで気持ちがいいので、良く利用します。

 

 

昔お馴染になってたカフェやレストランは軒並み潰れて閉まってしまったので、チェーン店しか無い。寂しい限りですが……。

 

 

Mがある地区の風景です。昔はこのあたり一帯は菜園でした。それが今は色どり鮮やかな商業地区に変貌しました。

 

 

この奥の木立の向うにセーヌ河が流れています。

フォンテンヌブローやミイ・ラフォレ、バルビゾンに近い河は、やはりセーヌ河です。ヨンヌ川とかシスレーが晩年に住み好んで描いたロワン川とかはセーヌの支流で、このちょっと上流でセーヌに合流しますから、ミレーが川を風景に描いてるとすれば、やはりセーヌ河でしょうね。

めのおが住んでる村はロワール河に近いですが、フォンテンヌブローまでは100kmもあり、クルマでちょうど1時間かかります。

フォンテンヌブローやミイ・ラフォレ、バルビゾンといった街は今は高級住宅地となってしまい、ミレーなど、都会の喧騒を避けて自然の中で暮らすのを好んだ画家たちの時代は遥か遠くなってしまいました。こういった所には住めないけれど、どっかできるだけ近い所に引っ越し出来たら、と願うこの頃です。

 

 

  (*゚ー゚*)