5日目のコースは Vittel→ la Planche des Belles Filles までの163km。 Vittele はペットボトル入りのミネラルウォーターで有名な鉱泉と温泉の町。ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ(美しい娘の高台)と珍しい名前で呼ばれる標高1148mの山の頂上に設けられたゴール。登り口から山頂までは6kmと短いけれどゴール直前には勾配が20度の急坂が待ち受けている。
スタートを待つ選手たち。イエロー・ジャージのジェラン、グリーンのデマール選手はバイクまでグリーン↑
快晴の正午過ぎ、フライングスタートで出発。クルマから旗を振るのはトウール・ド・フランスの会長なのだそうだ。
前日4日目はスタート直後からベルギーの選手が一人集団を抜け出し、普通は4・5人が続くのだが、だれも追って来ない。結局、この選手は190kmを黙々と独走を続けゴール直前で追い抜かれた。でも、この日最高の闘志を示した敢闘賞を受賞し表彰台に上った。
5日目の今日は最初から全体が速いペースで、平地では50kmを超えた。スタートから5kmで8人が抜け出した。
この辺はヴォージュ県で森林と湖が多くスキー場もある。サクランボで造る蒸留酒・キルシュが名産だそうな。それと木材が豊富なので家具作りが盛ん。地方としてはブルゴーニュ・フランシュ・コンテ地方となる。
ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユのいわれを解説してくれた。17世紀、30年戦争のさなかに、敵兵(スエーデンの傭兵)がこの地方に攻めて来て、村人は山に避難した。敵兵は山に入って追って来たので、娘たちは捕虜や犯されたりするのを避けて山の崖から身を投げたという。沖縄戦の姫百合の塔とおなじ悲劇ですね。
ル。コルビジェ設計の有名な礼拝堂↑ 近々大規模な修復工事をするそうだ。
レースが進行する中、前日の事故、ペーター・サガンとキャヴェンデイッシュ選手のインタヴューがあった。
サガン選手は長髪で個性豊か↑ 友達(キャヴェンデイッシュ)の怪我の早期回復を願う、と
サガン選手は審判の決定を受け入れ怪我の早期回復を願うと紳士的な答えだったが、一人の証言が興味を引いた。それはキャヴェンデイッシュはサガンの肘に当たって倒れたのではなく、サガンのブレーキに触れ、サガンはバイクを立て直そうと肘を横に出したのだ、という証言。ブレーキのどの部分に触れたのか? までは証言は触れなかったが、キャヴェンデイッシュにも狭いスペースを抜けて追い抜こうとした無理があったのも確か。
サガンはここ数年来チャンピオンとして人気が上昇していたので失格は厳しすぎるという意見が多かった。
インタヴューに答えるキャヴェンデイッシュ選手↑
キャヴェンデイッシュも優勝候補の一人なので、大物選手がふたりも抜け、レースがつまらなくなる、というのがファンのわがままな意見だった。
ふたりが抜け、ベテランがじわじわと底力を見せ始めたのが昨日のレース。
レース後半は気温が35℃と上がり、猛暑の中を選手はたびたび随伴車を呼んで水をもらい頭から掛けていた。
先行の8人は二つに割れ、ふたりだけが最後まで残ったが結局ゴール前18kmほどのところで追い抜かれた。
最後の登坂にかかる前13kmの地点で先頭集団にいたフィリップ・ジルベールがアタック、スパートした。フルーム、キンタナ、コンタドール、トマ・ヴォークレールなどベテラン選手もつぎつぎと追走にかかる。
傾斜は平均9%の急だ。そんな坂を20~30km/hで登ってゆくのだから凄い。
勾配20%の最後の急坂の直前で、満を持したように一人がダッシュした。イタリア・ツアーで優勝したファビオ・アルー選手。
3年前この坂で圧倒的強みを見せ優勝した英国のクリストファー・フルーム選手がアル―選手独走を許すまいとダッシュをかける。
アルー選手を追走にかかるフルーム選手↑
ゴールラインを切ったのは急坂を全力で登り切ったアルー選手だった。アルー選手は総合で3位。
イエロー・ジャージがこの日入れ替わった。今までのトーマス・ジェラン選手とおなじSKYチームのクリストファー・フルーム選手がトップに立った。
フルーム選手が今日からイエロー・ジャージを着て走る。おそらく最終日パリのシャンゼリゼのゴールまで彼がトップで走り続けるだろう。
コンタドール8位、キンタナ9位とベテランが浮上してくれたのも嬉しい。フランスの選手で最高位は7位のロマン・バルデ選手。
日本の新城(あらしろ)ゆきや選手は103位と3位後退した。
先日亡くなったシモーヌ・ヴェイユ女史の国葬がアンヴァリッドで行われた。30年前からの歴代大統領、首相、大臣が列席、ヴェイユ夫人の息子3人が交代で弔辞を述べる。長男の弁護士、次男は昔食卓でいたずらを咎められグラスの水を母親からぶっかけられた思い出を語った。三男は短く次男が言った「母さん愛してます」を僕も繰り返すと述べて終わった。
マクロン大統領は厳かな声で「マダム、フランス国民があなたに抱いている感謝の念をお受け取り下さい。家族の合意を得て、マダム・シモーヌ・ヴェイユは故ヴェイユ氏とともにパンテオンに祀られると決定しました」と結んだ。
フランスの国民的英雄を祀るパンテオンに眠る女性は、科学者ソフィー・ベルトウロ(1907年、夫と共に)、キュリー夫人(1995年、夫と共に)、民族学者でレジスタンス闘士ジェルメンヌ・テイリヨン(2015年、彼女もナチスの強制収容所に入れられたが脱出しスウエーデンに亡命)、ドゴール将軍の姪でレジスタンス闘士ジュヌヴィエーヴ・ド・ゴール(2015年。彼女もラヴェンス・ブルックのナチス強制収容所に入れられた)
パンテオン入りを決定するのは共和国大統領。シモーヌ・ヴェイユの場合、決定の前に15万人の署名が集められパンテオン入りを推進した。
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