3日夜10時(グリニッジ標準時間、フランス時間では23時)に起こったロンドン・ブリッジのテロの犠牲者は死者7人、負傷者45人。
テロリストは20~30歳の3人の男。ワゴン車で橋の歩道に乗り上げ通行人を次々と薙ぎ倒し、途中でUターンしてバラ・マーケットの近くへ行き、車を降りてマーケット近くのレストランやパブの客をナイフで刺し続けた。
武装警官が駆け付け、犯人は射殺されたが、その間たった8分の惨劇だった。
英国の警官には今まで武装していない警官が居た。国会議事堂へ突入しようとするテロリストを阻止しようとして刺殺された警官も武装していなかった。今回はマンチェスターの惨劇の直後であり、駆け付けた警官は防弾チョッキを着け自動小銃で武装していた。
負傷者のうち、4人がフランスから連休で出かけた観光客だった。3人が女性で、一人はナイフで首と背中を刺され重傷、もう一人はワゴン車に撥ねられ脚と腰に重傷を負った。
一夜明けた今日4日の昼のニュースでは、ユーロスターの発車駅のパリ北駅の混雑を伝えていた。ロンドン行きの電車は1時間遅れ発車したが、明日が祭日とあって休暇でロンドンへ遊びに行く人が長蛇の列を作っていた。
4人インタヴューした中で3人は予定通り、婦人が一人予定を取りやめたと答えた。しかし4人とも一様に「怖い」と言っていた。
ちょうどあることにつき書こうと思い「怖れ」について別のブログに投稿したところだったので、テロに対する恐怖にも人により程度の差というか、反応の仕方がいろいろあるな、と感じた。
フランスはいまだに「厳戒態勢」が敷かれ、マクロン大統領は11月まで延長したいと国会に提案するという。その間、日本から知人の関係だけでも3人、パリに観光に来た。テロに巻き込まれて怪我をする危険はゼロではないにもかかわらず。
めのおは知人や友人にフランスに遊びに来ればと誘いかけは絶対にしない。誘いに応じてフランスへ来てくれた友がテロに遇ったら自責の念に耐えられないだろうから。
英国の市民もフランスの市民も、平常通り生活を続けることがテロに挫けない姿勢を見せるので大切だと考えている。
昨日読んだモンテーニュについての本で、ペストが流行り飢饉による多数の犠牲者が出た16世紀のボルドーで、市長の役目を果たしたモンテーニュは、田舎の館に帰り、そこにもペストの危険が迫ったため、家族と流浪の旅に出るのだが、近隣の百姓たちの死に対しての「超然とした」とでもいうべき境地について書いている。
「私は、近所の百姓たちが、どんな態度と確信をもって最後の時を過ごしたらよいか、などと考え込むのを一度たりとも見たことがない。自然は彼に、死にかけた時でなければ死を考えるなと教えている。そしてそのときでも、彼の姿は、死そのものと、長期にわたる死の予想とで二重に攻め立てられているアリスとテレスより美しい。」(堀田善衛、集英社文庫「ミシェル城館の人」 第三部第十章243p)
5月25日に投稿した拙ブログ「ラフォンテーヌ寓話42 Ⅱー14 野兎と蛙」では、巣穴からひとたび外へ出れば、常に鷲や狐や狼に襲われる危険に晒されているわが身を憐れみ巣穴に閉じ籠って鬱病状態に陥っている野兎が冒頭に描かれていて、めのおは思春期の頃のわが身と引き比べて共感と同情を禁じ得ず思わず笑みを浮かべてしまったのだが、この寓話にも書かれてる通り、臆病者にもいろいろグレードがあるらしい、そういう観察を出発点として、随想を書き始めたところなのだが、今日はロンドンのテロで前置きが長くなり続きはまた次回にということでお許しを願う。
(つづく)