パトリシア・カアスの復活 | 雷神トールのブログ

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先月、パトリシア・カアス( Patricia Kaas )が、久しぶりにアルバムを発表したので買ってみた。数年間沈黙したままだったのでどうしてるのだろうと時々思い出すことはあっても、ほとんど忘れかけていた。

新しいアルバムに吹き込まれた歌は、どれも大人しい、静かな曲で、往年の激しい情念、ブルースに込められた憂愁といったものは影を潜めたかのようだ。そう、彼女も50歳になったのだ。

 

20年ほど前、はじめてこの歌手の野外ライヴをテレビで視た時、なんとすごい歌手が現れたものだ、と感動した。2時間の舞台を、一瞬の 隙も無く、細い身体全身を使い、ふり絞るような太く力強い声で歌いまくる姿は、だれもが魅了されてしまう。フランスのみならず、ドイツ ロシア、アメリカ、中国、日本と世界各地でコンサートを開くたびに大成功を収めた。その頃が、全盛期で、売り上げたCDは千七百万枚 といわれる。

 

ジョルジュ・ブラッサンス、バルバラ、ジャック・ブレル。筆者がパリに着いたばかりの70年代の後半には、この3人のうちのだれかが歌う曲がいつも巷に流れていた。しかし、彼らは年老い、ブレルが早世し、バルバラが後を追い、ブラッサンスは高校の教科書に載せられたり、 大学入学資格試験(BAC)の問題に出されたりして古典入りしてしまい、若者の人気は集めがたい存在となってしまった。

 

そんな80年代に彗星のごとく現れたのがパトリシア・カアスだった。独特の太く低い声、ドイツ訛のフランス語。ブラッサンスは南仏、特に 地中海を思わせる歌が多いし、バルバラはパリやブルターニュ地方や、古い民話などに諧謔や哀愁を交えた唄、ブレルは「ヌ・ム・キテ・パ」 に代表される失恋を深い哀愁を籠めて謳いあげた。それらとは全然ちがうといっても誇張じゃないほどの、ビートの効いたロックやブルース、 「キャバレー」に代表される都会の夜の享楽の陰に身体ひとつを資本に命を懸けて歌に生きる女性歌手の悲哀をブルースで歌い、フランスだけでなくドイツやロシア、旧東欧の働く若者の心を捉えた。

 

パトリシア・カアスが生まれたのは1960年12月5日で、ドイツとの国境に近いロレーヌ地方はモーゼル県のフォルバッハという町。 「platt」という方言を人々は日常会話に使う。パトリシアの母はドイツ人。父がフランス人で炭鉱夫をだった。れっきとした庶民の出なのだ。

母の影響が強く、6歳までフランス語を話さなかった。8歳で歌い始め、13歳でキャバレーと契約し、毎週土曜に舞台に出て歌った。

そのころ歌っていたのは、先輩のシャンソン歌手、シルヴィー・バルタン、クロード・フランソワ、ミレイユ・マチューなどの歌だった。

 

カアスの独特の声が、フランスの映画俳優の大御所、今は肥満が過ぎて巨漢になってしまったジェラール・デパルデユーの注目を引き、 彼が財政的援助をして、カアス初のレコード吹込みがされた。しかし、これはほとんど注目を浴びなかった。21歳の誕生日にはパリのオランピア劇場で初のコンサートを開いた。

 

そして、初のアルバム、「マドマゼルが歌う Mademoiselle chante 」「あたしのあいつ Mon Mec, à Moi」などを吹込み、これが大ヒットとなった。つづく、アルバム「きみにあなたというわ Je te dis vous 」も大成功を収め、これだけで250万枚を売り上げた。

 

世界的スターとなり、USA、ロシア、旧東欧諸国、中国、日本などでコンサートを開けばどこも超満員となった。ミュンヘン・ソウルではマイケル・ジャクソンのライヴに招待出演した。ドミンゴ、パバロッチ、とも共演した。

 

2011年に自伝「人生の陰 L'Ombre de ma vie 」を出版し、2012年には、エデイット・ピアフ没後50周年を記念し、ピアフの歌を歌った。

 

それから4年間の長い休息に入った。

 

今年2016年11月11日に「みんなのマダム Madame tout le monde 」を発売に踏み切り、復活した。

 

インタヴューに答えてカアスは「ほんとに骨の髄まで疲れきってたんです。ゆっくり休めたので、また歌います。舞台で聴衆と意気投合して 歌える時、あたしは最高に幸福を感じますから、また舞台に立ちたいです」

 

そう、やはり彼女は歌手、というよりも優れたエンタテナーなのだ。

 

幾つかの曲をリンクしてみました。

 

 

ブルースやロックも凄いですけど、女心をしみじみと歌ったこんな曲もいいですね。

 

 

 

三番目の曲「やさしい唄」はもしかするとバルバラも歌ったかもしれないですが、歌詞をみつけたので、フランス語に興味のある人のために、拝借してコピーさせていただきます。

 

Chanson simple

 

c'est une chanson simple que je te donne
Aussi facile qu'elle est tendre
Tu sais ce sont parfois les mots très simples
Les plus difficiles à entendre
Laisse-toi guider au bord des mots
Et regarde au bout de tes pas
Le gouffre profond où sont jetées
Toutes ces phrases qu'on ne dit pas
Tous nos silences je les pardonne
Laisse-moi les ramener à la vie
Par une chanson simple que je te donne
Toi qui fus mon meilleur ami
Depis que les années ont passé
Et l'avenir s'est embrumé
Regarde nous deux devenus victimes
D'être tombés entre les lignes
Si chaque instant réveille le regret
Si on n'se revoyait jamais
Quand tu penseras à celle que tu aimais
Souviens toi que je vis en toi
Souviens toi que je lis en toi