風刺週刊誌「シャルリー・エブド」が二人のテロリストに襲われ12人が殺害された事件からちょうど一年目の昨日は様々な特別番組が放映された。
折しもオランド大統領がパリ警視庁へ赴いて警察官、消防署員、約千人を前にスピーチを準備していた最中、パリ18区の警察署に、肉屋が使う鉈を持った二十歳の若者が飛び込み警官に切りつけた。青年はその場で射殺された。「アラーは偉大なり(アッラー・アクバル)と叫びポケットからはダエッシュ(ISSイスラム国)の黑い旗が見つかった。背後関係や、連携したテロの可能性を警察は捜査したが、午後には単独犯と確定された。身分証明書を身に着けておらず指紋により身元確認が行われた。チュニジア出身の1995年生まれ。
一周忌のテレビの特別番組では未公開の襲撃時の映像や、犠牲者の家族の証言、その後の雑誌社の活動などが公開された。
シャルリー・エブドを襲ったテロリストは、クワシ兄弟。アルジェリアからの移民の2世でフランス国籍をもつ。兄のサイドが34歳、弟のシェリフが32歳。二人は少年期に両親を失い、施設に入った。弟は外向的で自己表示を好む性格で、将来はサッカー選手になりたいと施設がある村 の少年チームに入ったが、学校の成績も悪く卒業証書もないことから除名された。兄は施設を出た後、徐々に過激化してゆき、テロリストの脱走幇助をした廉で有罪判決を受け服役した。
服役中にクリバリと出会い関係を密にしていった。
サイドは、1995年にパリのメトロ、サンミシェルやレンヌ通りに爆弾を仕掛け大勢の犠牲者を出したテロ事件の犯人の一人が、刑を終え南仏に住んでいたが、面会に行っている。その後、2011年にはイエ―メンへ行きアルカイダ分派から武闘訓練を受けた。
クリバリはマリ出身のフランス国籍を持つ青年で、クワシ兄弟のシャルリー・エブド襲撃と合わせ、治安部隊を攪乱するため同時テロを実行した。シャルリー・エブド襲撃の二日後、クリバリはまず、パリ南部の郊外モンルージュで、市警察の女性警官を射殺した。市警察はこの時まで警棒のみで拳銃を持たなかった。この事件を機に市警察官も武装すべきと議論が沸き起こり、以後拳銃を携帯するようになった。クリバリは、その後西の郊外ヴァンセンヌのユダヤ人のスーパーに立て籠もり4人を射殺、包囲した特別警察BRI、と銃撃戦の末射殺された。
その10分前、パリの北東(セーヌ・エ・マルヌ県のダマルタン・アン・ゴエル)にある印刷所に立て籠もったクワシ兄弟もRAIDとGIGN特攻班と銃撃戦の末射殺された。クリバリはクワシ兄弟が立て籠もった印刷所に警察が突撃すればスーパーに人質として閉じこめていた20人近くの全員を射殺すると脅迫していたので、突撃を開始するタイミングが重要だった。二か所でほぼ同時に突入しなければならなかった。
ここで、各特殊部隊について略記しよう。
パリ西郊外のスーパーを包囲、突入し、人質を解放したのはBRI
BRIは一口で言えば、パリ警視庁直轄の司法警察の中の特殊部隊で、調査、介入特設班。
Brigade(班)、 Recherche (調査)、 Intervention(介入)の略。RAIDとGIGNが介入のみを任務とするのに対し、BRIは司法警察で、犯罪の調査と証拠の収集を行う。1964年にパリに創設され、パリ警視庁があるケ・デゾルフェーヴル36番地(36 Quai des Orfevres )に本拠を置く。その後、地方の大都市にも作られた。
RAID
Recherche, Assistance, Intervention, Dissuasion の頭文字をとったもの。軍事用語では突撃を意味するRAID
BRI がパリ警察なのに対しRAIDは国家警察。1985年に創設。人質事件、対テロ工作、大規模凶悪犯などに対応し、フランス全土を守備範囲とする。1987年に起きたアクション・デイレクト(極左テロ)事件に対応した。主に都市部を管轄する。2015年11月13日のバタクラン劇場その他の殺戮後、パリ北西の街サン・ドニでテロリストのアジトを突き止め介入した。
GIGN
軍隊の組織。憲兵隊の中の特殊部隊。 Groupe d'intervention de la gendarmerie nationale
1972年ミュンヘン・オリンピックでのイスラエル選手団人質事件に際して創設。
ハイジャック、核施設攻撃、生物・化学兵器による攻撃に対応し、主に田園部(都市部以外の田舎)を守備範囲とする。海外でのフランス人誘拐人質事件に介入する。1994年にマリニャン空港でのエア・フランス機の人質救出作戦を行った。
今回、テレビで放映された未公開のインタビューでもっとも衝撃的だったのは、カラシニコフを構えたテロリストに素手で立ち向かった普通の市民が少なくとも3人いた、という事。
一人はスーパーの客の一人でクリバリが店に入り即座に3人を射殺した後、裏口を小麦粉の袋などを積んで補強作業に取りかかった時だろうか、自動小銃をテーブルに置いた。その瞬間をとらえ人質のひとりの青年が銃に跳びついたのだが、クリバリの反応が素早く、射殺されてしまった。犯人の一瞬の隙を捉え命を賭けたが、逆に殺されてしまった。20歳の青年だった。
モンルージュでは女性警官が背中を撃たれて意識不明となりその後死亡したのだが、ひとりの中年男性(道路保全係り)が素手でクリバリに飛びかかり、殴りつけたうえでテロリストの眼だし帽を剥ぎ、カラシニコフを奪いかけたが、クリバリは空いた手でポケットから拳銃を取り出し、男性の頭を殴って地上に倒し射殺しようとした。男性は銃口が自分に向けられるのを見て観念したが、僥倖とはこういうことを言うのか? 撃鉄が下りたが弾は発射されなかった。クリバリは荷物を抱え走り去った。
3人目(あるいは4人)の勇気ある男は印刷工場の社長と27歳の社員(グラフィスト)。クワシ兄弟は車を途中で換えるなどしながらパリを脱出、北の郊外の森で一夜を明かした。翌日、警察の包囲網を避けながら逃走を続けたが、最後に道路封鎖に遭い、近くの印刷工場に逃げ込んだ。工場の社長はふたりのテロリストがカラシニコフを胸に抱えて工場の入り口に向かって来るのを二階の窓から目撃した。社長は、恐怖を乗り越え、階段を降りて二人に向かって行き、工場内の人を殺さないでくれと声を掛けた。クワシの兄は首を銃弾がかすめて負傷していたので、社長は手当をし包帯を巻いてやった。その間、RAIDとGIGNが工場を包囲し突撃態勢を整える時間を稼いだ。
手当を終えた社長はクワシに出ていってもいいかと問い承諾を得て工場から出て包囲の部隊に工場内部の説明をした。ここで驚くのは、工場の中のシンクの下の狭い家具の中に一人の青年(リリアン・ルペール、27歳)が8時間身をちぢこませて隠れ、警察に携帯のメールで状況を知らせ続けたことだ。この青年を含めれば4人の勇気ある男となる。
RAIDはクリバリと電話通信に成功し、投降を勧めたがテロリストにその意志は初めからなく拒絶された。クワシ兄弟は自動小銃を乱射しながら工場から躍り出て、集中射撃を浴びて死亡した。
昨日のエクスプレス誌の報道によると、シンクの下に身を潜めていたルペール青年はテレビ局が現場の生放送でクワシ兄弟がまだ工場内に居る時に、工場内に社員が隠れていると報道したことに対し、人命を危険にさらしたと訴えを起こした、ということだ。その時点で報道の必要が全く無く、隠れていた本人にとっては命に係わる情報を、クワシが放送を見る状況になかったとしても、指令者などから知られれば殺される危険が大きかった。青年は事件後も、心理的トラウマが大きく食器を洗うごとに恐怖が甦るので精神科医に相談し、印刷所を退職することにした。
ヴァンセンヌのスーパーでも地下の冷凍室に閉じ籠った人が数人いた。そのうちの男性はケイタイ電話で友人と通信に成功し、友人が警察に仲介し内部の様子を知らせることが出来た。クリバリはダイナマイトを20本ほど持ち込んだことも知らされた。これだけのダイナマイトがあればスーパーの建物と人質の全員を吹き飛ばすことが出来る。突撃は慎重を期さねばならない。
(先ほど車を運転しながら聴いたラジオの報道では、この男性もテレビ局BFMがまだテロリストが立て籠もっているときに店内に数人が隠れていると報道したことに訴えを起こし、BFMが過ちを認めて数万ユーロの慰謝料を払ったということだ。)
警察や軍よりもマスコミが先に犯人と通信に成功するなど、サンドニのアジトの捜査にも報道陣が大勢押しかけ捜査と介入の妨げになったということだ。
ヴァンセンヌのスーパーでは、裏の非常口と、シャッターが降ろされていた正面の入り口から同時に侵入する必要があった。非常口の扉に爆薬が仕掛けられ、突入のゴーサインと同時に爆破されたが、扉の裏には小麦粉や穀物の袋が積み重ねられすぐに入ることが出来なかった。正面のシャッターが開けられ、盾を構えた特攻隊員が店に突入した。
テロリストが武器に使用したカラシニコフはソ連製の自動小銃で戦場で兵士が突撃の際使用する武器で口径13ミリ、警官の防弾チョッキをたやすく貫通してしまう。突入に最前部のコマンドが使用した盾は特別仕様でカラシニコフの銃弾を受け止め防弾ガラスはヒビが入ったものの警官を守ることが出来た。クリバリは人質を殺す時間が無く集中砲火を受けて死亡した。
添付してあるのは、シャルリー・エブド襲撃事件を半ば揶揄したシャンソン。残虐な事件を、こんな風に歌にしてしまう。テロに負けないぞという逞しさの表現なのだろうが、クリバリが、オレの後にも、テロが続くと予言したことが11月13日に本当に起こってしまった。2016年には、もっと大規模なヨーロッパ各地をシンクロさせた同時多発テロが起こると関係者の中には畏怖する人がいる。そうあってくれないよう祈るしかないのか……?