これから一月ほど世話になるホテルはこの広場に面している。昨夜は疲れ切って荷を解く元気もなく、部屋に入るやそのままベッドに倒れ込み寝入ってしまった。部屋の窓から広場が見える。朝日が黑い石畳に長い影を落している。ルーアンを選んだのは、この広場を見るためだった。
ここで19歳の乙女ジャンヌが処刑された。火炙りは死刑の中でもっとも過酷な刑だ。復活を信じるカトリック信者にとり、死後魂が戻るべき肉体を焼き滅ぼしてしまう火刑は復活の望みをも絶ち切り、永遠の虚無と化す最も恐るべき死罪なのだ。
19歳の処女がフランスという国のために死を恐れず身を犠牲にした。神のお告げを信じ、オルレアンの戦闘では肩に傷を負いながら先頭に立って闘い、あと一押しでロワール河南岸のフランス領へ攻め入り、フランス全土を手中に収めようという英国の野望を打ち砕き、見事フランスを解放に導いた。
その後のシャルル7世王太子をランスに引率し戴冠式を挙げさせ、コンピエーニュの城門の前でブルゴーニュ軍の捕虜になり、英国に身代金と引き換えに売り渡され、ここルーアンの牢獄に繋がれた。
本来ならフランス救国の英雄とされるべきを「魔女」の烙印を押され火刑台に上った。以来500年間、人々はこの乙女をほんとうに「魔女」と信じてきた。御上がでっちあげた作り話を世間はいとも簡単に信じてしまう。いちど流された噂は簡単に消え去ることはない。
私が自分の運命を、ジャンヌの生涯に重ねてみるのも、国という至上の価値のために一身を犠牲にし、事実とは反する冤罪のために、不名誉を後世までも負わねばならないからだ。もとより、私は他人の罪を身代わりに負い、ジャンヌは英雄的行為を敵に買収された宗教裁判長により魔女の行いと断罪されたところが違ってはいるが。
私がお堀端に戻った時、すべてが終わっていた。殺された奴を見て私は愕然とした。こんな筈じゃなかったのにと動顛する気持ちを抑えることができなかった。奴の愛人の遺体も隣に転がされていた。もっと驚いたのは一緒に連れて来た子供までが殺されてしまったことだった。
子供には手を出すなと言っておいたのに……。私がふたつの部署を兼務し、2か所を行き来せねばならないのも初めからこうした事態を考慮してのことだったか? と疑いたくなる。子供は二人の脇に転がされ息絶えていた。6歳になるかならないか、いたいけない子供をまさか殺しはしまいと考えて出かけたのだが甘かった。なんの罪もない子供を殺してしまう曹長には暗い殺意が普段から宿っていて、これを機に殺しの快楽を楽しんだとしか思えない。やるに任せて眺めていた他の連中にもほんとうに怒りを覚える。
逮捕したのは確かに私だ。愛人と二人を逮捕しようと待ち構えていたのだが、運悪く二人は少年を連れて現れた。子供だけ置いて行くわけに行かず、止むなく3人を連行した。私は逮捕した後は、奴とゆっくり胸を割って話したかった。拘禁して彼の社会的活動を封じ、彼一流の思想宣伝を差し止めて置き、彼には諄々と説き聞かせて我が皇統の忠君愛国がいかに当節大事かを理解させ教育する積りでいた。それを碌な取り調べもせず、その日のうちに殴る蹴るの暴行を加えたうえ、首を絞めて殺してしまった。まったく、あいつら木端役人どもが暴力という野蛮を権力による正義と置き換えて平然としている様に思いを致すとはらわたが煮えくり返る。御上という虎の威を借りて常には振えぬ暴力を正当に振える快楽に変えるのだ。警察は権力の犬。軍隊の警察は権力の暴力機構を取り締まる最強の犬なのだから。
(つづく)