上端がちょうどよい具合に丸く膨らんでくれたのでフタはせずそのままに↑
門扉を開いた時に脚を乗せる台。 すこし傾斜をつけてある↑
道具と材料を探しに行ったり戻ったりと一昨日は結構歩いたので夕方にはふらふらに疲れた。長い間、身体を使ってなかったので疲れがすぐにとれず、昨日は上の3つをやっただけで午後は日陰で読書をし、夕方まだ日のあるうちに風呂に入った。
ポルトガルvsガーナ戦を観たけど、ロナルド独りが奮戦してもパスが通らず、ガーナのドリブル、パスと柔軟な身体を使って走りぬくダイナミックさの方が良かった。2-1でポルトガルが勝ったが、ドイツとアメリカが予選を通過し、ポもガーナも決勝リーグに残れなかった。
午後に開いた文庫本は思わず熱中したほど面白かった。後に書くけど、それは工業製品の規格化、標準化についての歴史の本。
さて、一夜明け、いよいよ木枠を外す。ちゃんと出来てるかな?
ほほう。できとる、できとる。上部の丸みもそのままに固まってる↓
形は不細工で、作品などと呼ぶつもりはないが、それでも嬉しい。
扉を開けて外へ出る。きしみも立てず楽に開けることができた。
細部をみると、モルタルの突き込みが足りなかったか、穴など開いてて見栄えが悪い↓
ここなどはすぐに欠け落ちそう↓
でもまあ、なんとか形は出来たので、午後は、仕上げ塗りをして、木枠を止めたネジ穴などを塞いで左官屋はおしまい。
門扉の錆を取り除き、錆止めを塗り、全体を塗装すれば門工事は完了だ。
こんな簡単な工事でも、喜びを感じるのだから、家一軒丸ごと自分で建てちゃう人が味わう満足感は相当なもんだろうな。
精神分析家のユングは晩年にレマン湖の畔に自分で工事のすべてをやって別荘を建てた。身体を使って工事をやってる最中、無上の喜び、満足感を覚えたという。
工業製品の規格化と標準化の歴史を読んでいて、スタンダード化が進む過程で様々な困難と、すでに当初から批判と反対があったことを知った。
現代社会では当たり前になっていて、どんな製品も規格化されている。私たちは規格化の恩恵を受けながらも、画一化に取り囲まれた生活に飽き足らず、世界に一つだけの作品、陶芸や油彩画、水彩画などオリジナル作品を鑑賞し、購入したまには自分でも造って満足を得たいと思う。それは何故なんだろう?
人間が物を作る欲望の起源は原始時代に遡るかもしれない。ラスコーの洞窟画よりもっと古い3万年前の洞窟画が見つかり、今レプリカを作ってる最中で、来年春には公開されるそうだ。
ユングが家を建てながら味わった満足感は、個我という自意識と外界、物質との交流、自我が外界に変化を与えているときに覚える喜びじゃないだろうか?
スタンダーダイゼーションには標準化と規格化というふたつの面がある。
同じ形とサイズの部品を作って、壊れたら交換できるよう、互換性のある部品を組み合わせて製品を作る。そういう考えはフランスで生まれた。
18世紀の啓蒙主義の時代、デイドロの百科全書にも図がでてくる。
最初にこの考えを適用した製品は、やはり武器だった。マスケット銃という火縄銃の後に出た、火打ち石で火薬を発火する銃。
互換性がある部品を組み合わせて製品を作るという考えが応用された代表が「コルト式拳銃」。しかし初期のコルトも互換性のある部品は60%だったという。
産業革命の中心だったイギリスがスタンダーダイゼーションを発展させたのかと思っていたが、そうではなく、フランスで始まり、アメリカで発展した。イギリスから独立して世界のいろんな地から人が集まり、いろんな作り方、いろんなサイズと形の製品が集まったアメリカ合衆国で標準化と規格化が進んだ。
まずアメリカで膨大な需要を産んだ自転車から標準化が進んだ。
自転車の部品のなかでもネジの標準、規格化が進む。
ネジの規格を定めたウイリアム・セラーズの経営する製鋼所に「科学的管理法」を著し、標準作業の父、「テイラー主義」と呼ばれる20世紀の産業を特徴づける生産方法の基礎を築いたフレデリック・テイラーが入社した。歴史の妙味。
テイラーがクエーカー教徒とピューリタンの両親の許に生まれたのも面白い。
テイラーは部品の規格化、標準化の考えを推し進め、作業の標準化へ発展した。セラーズの理解と協力のもとにテイラーは25年をかけて、工作機械、旋盤の最適な(つまり最も効率の良い)作業標準を作るために実験を繰り返した。
こんな簡単な日曜大工にも寸法は大事だ。
フランスはメートル法の発祥地。
10進法という誰にも分かりやすい度量衡を採用した。
英国がヤード・ポンド法というややこしい度量衡にこだわったのが、標準化が進まなかった原因かもしれない。
それとスイスの時計職人も規格化には反対だった。職人が作る一つ一つの時計の歯車やネジは全部違っていた。故障すれば、それを作った職人さんのところへ行かなければ治らない。職人が作るギルド(組合)も標準化、規格化に反対し続けた。フランスには今もこの伝統が息づいている。
今やメートル法は世界標準となったのに、ゴルフはヤードだし、航空宇宙産業はヤード・ポンドが標準という。
フランスでのネジとパイプは今日もセンチ表示とインチ表示の2種類使われてるのでややこしい。
工業製品で標準化、規格化が最初に進められたのは「ネジ」だった。
ところで西洋ではネジはダ・ヴィンチの画帳にもデッサンが出てくるし、農村ではリンゴを絞る木造のプレスにはネジが使われていたから古く中世から在ったのではないか?
日本でネジが知られたのは種子島に銃が伝わった時だという。
種子島のレプリカを作るよう命じられた鍛冶職人は、銃身の根元にある「ネジ」を初めて見て、作り方がどうしても分からず、娘をポルトガル人の嫁に差し出すことで製法を教わるという悲しくなるような犠牲を払った。
(つづく)







