60年安保の時に、全学連主流派の委員長らがCIAから資金提供を受けたという噂は、闘争直後の論壇でも取り上げられ、最近、つぎつぎと出ている新書でも書かれ、事実だったろうと思います。
60年安保の時に、5~600万人がゼネストに参加し、6月の自然承認の期日の一か月くらい前から毎日数十万人の国民が日本の津々浦々から上京して日米改訂安保条約の取り消しを求め、国会を取り巻く請願デモを繰り広げた。あのエネルギーの根源は何だったんだろう? とめのおは今も考えます。
ひとつには、「民主主義」という当時戦争の過ちから立ち直った日本が建前として掲げていた政治原理に対する権力(日米の政経保守体制)の挑戦に危機を感じ建前を護らねばという動機があったと思います。岸内閣が衆議院で議論を尽くさず、強行採決したやり方に怒りと危惧を感じた。岸信介首相はA級戦犯として巣鴨刑務所に収監されていた男だし、満州帝国で重要な役割を果たした。いわば太平洋戦争というアメリカとの戦争の原因を作った指導者の一人ではないか。そういう人物がこんどは掌を反すようにアメリカと軍事同盟を結ぶ。しかも強行採決という民主主義に相応しくないやり方で。国民が感じた危惧の背景に、戦時中の軍国主義、ファッシズムの暗い影が射していたと思います。
もう一つの要素は、この日米安保条約が、米国の戦略上、中国、そしてソ連の社会・共産主義への防波堤として日本を軍事同盟国として強固な関係に縛る条約だったことにあると思います。
めのおは、当時、安保反対のデモやゼネストに参加した人たちが総て、毛沢東の共産中国やソ連の社会主義体制に共感していたとは思いません。あるいは理想に共感してた人はいたとは思いますが、大部分中国という隣国を敵に回す軍事同盟に縛られることが良くない、日本は独立国として文化的に母親のような国である中国とも自由に関係を繋げる国でありたい、という思いがあったと思います。
全学連は、極左、トロッツキストと呼ばれた主流派と、共産党が指導する反主流派に別れていて、共産党は「平和と民主主義を守る」というスローガンを掲げ、広範な大衆の参加を目指す大衆路線を掲げていました。さらに詳しく理論的な違いを視るならば、日本独占資本主義の位置づけの違い、情勢分析の違いから別れていたと思います。
労農派とか講座派とか詳しくは忘れましたが、要は日本の独占資本主義が、アメリカの資本主義と協調しながらも独自の利益を求めて競争していると見る主流派と、いや日本はまだ半植民地状態で、アメリカ資本の支配下にあるのだから、まずアメリカ資本を日本から追い出すのが先決だ。でないと革命も始まらないとする反主流派の立場ですね。
めのおなんかも15歳では何もわからないにもかかわらずデモに参加しようと決めた心底には、愛国心、ナショナリズムの感情があったと思います。特に反主流派に従って行動した広範な民衆の感情の根底には、このナショナリズムがあったと思います。つまり日本をつい数年前まで占領統治していたアメリカに対する反感ですね。
このナショナリズムが、岸首相をはじめとする改訂安保を推進した政治指導部にあり、アメリカ(CIA)はそれを嫌って岸降ろしを狙って、全学連過激派にひと暴れさせ、社会不安の責任を首相にとらせ退陣させるという筋書きがあったと思います。実際その通り運んだわけです。岸首相は吉田首相がサンフランシスコ講和条約調印と同じ日にたった一人で署名した旧安保条約の日本にとって不利な条件を改訂し、ゆくゆくは日米地位協定の改訂も視野に入れていたといいますから、やはりナショナリストなわけですよね。
安保反対運動に参加した広範な日本人大衆は、60年当時でもすでにアメリカの大衆文化、リベラルな風潮に共感を覚えていたと思います。中国やソ連の全体主義体制を選ぶかアメリカ的なリベラルな体制のどちらを選ぶかと詰め寄られれば、アメリカ民主主義の方が好いと答える人が大半ではなかったかと思います。
安保反対運動が津波が急速に引くように鎮静化したあと、国民大衆は池田首相の所得倍増論に乗っかって高度経済成長に邁進し経済的な豊かさにより中国・ソ連の体制に優位さを示し、自動車などの分野ではアメリカのビッグスリーをも脅威に追い込むような成長を遂げたわけです。その代償に日本は「カネ」だけがものを言う社会、万事テクノロジーが解決するという、三島由紀夫がいう「のっぺらぼうな、無味乾燥な」浅薄な哲学しかない社会になってしまったと思います。
めのおが、「大人のピアノ」第137と138節に触発されて思ったのは以上です。
岸信介とも多少係わりのあることですが、今「甘粕正彦、乱心の荒野」(佐野眞一著、新潮文庫)をとても興味深く読んでいます。いつぞやゆっきー女史が、いまでも「満洲同好会」のような人の繋がりがある、と書いておられましたが、それを読んだ当時めのおはまだ偏見から抜け切れていなかったので、甘粕正彦という人物に対しても反感しか持っていなかったのですが、この本(脚を使って非常に良く調べたノンフィクションです)を読みながら偏見が取り払われて行くのを感じ、ゆっきー女史が書かれていたことが実感として感じられました。
安保にしても甘粕に関しても言えることですが、大衆とは実に簡単に虚偽の情報に操られてしまうものだ、僕も操られた大衆の一人だったな、と実感しています。満州とあの時代のことを、もっと知りたくなりました。ゆっきー女史が描かれていた特急亜細亜号でしたっけ? また客船なんかについてもノスタルジーを感じさせるとても好い表現だったなと思い出しています。
メッセージが送れないので記事に挙げました。
「大人のピアノ」続きを楽しみにしています。