ヴィシーの温泉パラスの内部↑
カジノに国会議員たちが少しずつグループになって集まってきた。
「レジ」の真ん中には、「郵便局」、「財務部」、「秘書官」などといった立札が立っていた。カジノの賭博場が情報交換の場に変貌していた。
ピエール・ラヴァルは6月23日から閣僚の仲間入りをし、6月27日には副首相になっていたが、政府がヴィシーに落ち着いた7月1日から毎日のように2階のサロンで、情報を奪われていた国会議員たちに、彼の流儀で設えた新しい政治について根回しをしていた。
ここへ来て、議員たちを観察し、聞き耳を立て、静かに、時に大声で語り掛け、影響を及ぼし、数日前から準備し、そこで自分が決定的な役割を演じる7月10日の会議に向けて人々をパンだねを捏ねるみたいにして練り上げていた。
ペタン元帥は会議の手続きについて何一つ知らない。彼が気に入らない「料理」(ラヴァルが準備している体制改革のこと)にも無関心だった。ペタンのこの軽蔑、この無能ぶりも裏を返せばラヴァルの力といえるものだ。
6月25日に、国務長官のアリベールと共に、ペタン首相にラヴァルはその議案を、その計画の概要を告げ、テキストに眼を通しておいて下さいと依頼したのだった。そのテキストは、ペタン元帥が全権を得て新しい憲法を発布する権力を得るというものだった。
「私はラヴァルに約束をした」と、後にアリベールは今日も未公開の文書に書いている。「元帥を掌握すること。もちろん、元帥は受け身のままに留まり、問題にいかなる責任も負わず、またその権威を自ら発揮し影響を与えることはない」と。
するとラヴァルは「私はそのように期待してるんだよ」と答えた。「元帥は、ラヴァルに任せることを受容した。私が望んだように、国会の討議には傍観者のままでいて、法案の公式提案以外には、どんな責任も取らないと宣言した」
フランスの政治体制の歴史で、もっとも重要な幾つかの事件が準備されているこの瞬間、ほんの一握りの男たちだけが、事態の進行をたった独りの男に委ねたのだった。それが、ピエール・ラヴァルだ。
ラヴァルは巧みにやってのけ、国会議員を消し去ってしまうという強力な体制変革を、抵抗といえる抵抗もなく、獲得してしまうのだった。事態は運命の坂道を転がり落ちていった。
7月4日から10日にかけてのたった7日間で、ラヴァルが演じ、進行役を務め、ペタンに王冠を載せ、共和国を曖昧な死へと追いやったのだった。どうやって、ラヴァルは580人もの国会議員たちを説得できたのだろうか? 反対票はたったの80票だけだった。
7月4日の閣議で、同僚たちが前日起こったメール・エル・ケビルの悲劇に心を奪われている隙に、ラヴァルは6日後に国会に提出する予定の法案を読み上げた。
「第1条 ひとつのまたは複数の書類によりフランス国の新憲法を発布するため、ペタン首相の権威と署名の下に、国会は全権を共和国政府に委譲する。この憲法は、労働法、家族および祖国の権利を保障する。憲法は、後に作られる会議で批准される」
ラヴァルは、あたかも重要ではないかのように、そして既に合意ができていることのように、法案を非常に早口に読み上げた。ペタン元帥を除いて、だれひとり、テキストを吟味する者はいなかった。
後の、国会調査委員会で、元外相のボードウワンは証言している。ラヴァル氏ただひとりが発言した、と。
―― ということは、委員会報告者のシャルル・ヤール氏が尋問した。あなたがたは、憲法を変えたかったんですな。あなたがた同士の間でさえ、変更について一切議論もしないでですか? まったく、変な政府だ!
―― もちろん、馬鹿げたことが起こったんだ。ウエイガン将軍、ほか二人が尋問され、三人は厳粛にその通りだと証言した。
―― 私は信じられん。政府が、憲法改正ほどの重要な変革につき、内容を討議もせず、招集されたその日に採択したなんて!
―― お信じにはなれんでしょう。しかし、それが真実なんです。
あたかも、それがペタン元帥の意志でもあるかのように、ラヴァルは言いつのり、ペタンへの尊敬と混乱が入り混じった雰囲気の中で事態は進行した。
ラヴァルは、テキストを読み終わると、閣議から早々に退場した。
「申し訳ありませんが、この件に関し、議論をして頂くことができません。60人の上院議員が私の説明を待っていますので……」
そう言い残してラヴァルは会議室から出て行った。温泉の医療講演会場には実際、上院議員たちが待ってはいたのだが……こんな暴力的な言葉がいきなりラヴァルの口から出て来るとは予想もしていなかった。「政府は、英国には宣戦布告をしないと決定した」ラヴァルは宣言した。
前日のメール・エル・ケビルの攻撃が、ラヴァルにこの言葉を言わせた。同盟関係がかくも急速に変化したことに、何人かの上院議員は呆然とし、多くの議員は見通しが立たなくなったことに動揺した。
メール・エル・ケビル事件は予期せぬ結果を生んだ。ラヴァルの演説は時に耐えがたいほど暴力的色彩を帯びた。英国の戦艦の大砲は、フランスの海兵を殺し、さらに共和国をも殺したのだった。
(つづく)
