日本的生産方式、改善について その⑦ | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

トーマス・エデイソン(1847~1931)、蓄音器、白熱電球をはじめ1300もの発明を行ったアメリカ合衆国の発明王ですね。

僕は子供の頃、エジソンの伝記を読んでとても好きになり、こういう人になりたいと憧れたものでした。エジソンは小学校を退学し、家の地下室に籠って実験に没頭した独学の大家ですね。「登校拒否児童」のはしりでもあり学校など行かなくても世の中に役立てる人になれると示したお手本のような人ですね。

こういう人物が生まれる(生まれた?)アメリカ社会が僕は好きです。

めのおがまねが出来たのは高校に入ってからの登校拒否くらいかな。エデイソンは小学校に入ったころから「1+1がなぜ2になるの?」とか、ことあるごとに「なぜ?」を繰り返し、担任の先生に「お前の頭は腐っている」とけなされ、校長からも入学からわずか3か月で退学を勧められます。

母親が小学校教師だった、という説は、年齢的につじつまが合わず、登校拒否児童が偉人であっては困るという文部省の意向を受けた伝記作者が創作したといわれていますが、とにかく小学校も行かずエジソン少年は自宅で科学実験を始めるわけですね。

1877年に蓄音器を発明し、電話(グラハム・ベルと対立するも、エデイソンの方式が音質と長距離伝達の良さで優れ今日の電話にも活かされているという)を改良。

1879年には電球を、京都の竹を使って完成。白熱電球を「マスダ」と命名。電球の原理はエデイソンよりずっと前からあり、改良を加えただけともいわれます。エデイソンの最大の功績は、トースター、電気アイロンなど電力消費を高める家電を発明して事業化し、発電から送電までを含む電力の事業化に成功したことと言われています。

1880年には発電機を発明しています。

ゼネラル・エレクトリック(GE)はエデイソンの創設になるものです。エデイソンは高等教育を受けていないため微分積分が分からず、交流の優位を主張するウエステイングハウスと電力戦争で敗北します。

1891年には、のぞき眼鏡式のキネトスコープを発明して、フランスのリュミエール兄弟と並んで映画の父と呼ばれます。

なぜ、エデイソンをここで取り上げたかというと、学歴と関係なしに、創意工夫により発明発見ができる。技術革新が、小学校にも行かなかった人により齎されたことを書き留めておきたいからなんです。

今回触れると長くなりすぎるので次回にまわしますが、テーラーと並んで「カイゼン」の基本的考えを生んだ、ギルブレイスもアメリカ人で、レンガ積みの職工でした。

エデイソンは自動車王ヘンリー・フォードと生涯の友人でした。二人が初めて会うのは1896年で、フォードはエデイソンの電灯会社の社員でした。フォードがガソリン自動車の説明をするとエデイソンは机を叩いて激励したといわれています。

1912年に、ヘンリー・フォードはエデイソンに業務提携を持ち掛けます。

自動車用のアルカリ蓄電池は完成までに5万回も実験を繰り返したといわれます。エデイソンがいかに粘り強く、失敗に遭ってもくじけない
意志強い性格の持ち主だったかを示す例ですね。

少年時代、人間が空を飛べたらと夢見ます。この辺、僕の夢と通じるところがあるんです。
めのおは小説でしか夢を追えませんが。エデイソンは、ヘリウムガスを基に薬を作り、友人に飲ませる実験をしたところ、友人の身体が膨らんで宙に浮くどころか、腹痛で苦しみ始め、母親にこっぴどく叱られて、以後人体実験は慎むようになったと。

晩年になり、エデイソンは降霊術の研究を始めるんですね。

エデイソンによれば、「人間の魂もエネルギーであり、宇宙のエネルギーの一部」となります。エネルギーは不変なので、「魂というエネルギーは、人間の死後も存在し、このエネルギーの蓄積こそが記憶なのだ」と考えました。

発明も、自分の頭が発明したのではなく、「自分自身は自然界のメッセージの受信器で、宇宙という大きな存在からメッセージを受け取り、それを記録することで発明をしていた」ということになります。

アルカリ電池の発明までに実験を5万回も繰り返したことに象徴されるように、「天才は1%のひらめき(inspiration)と、99%の汗(perspiration)」と唱えました。

エデイソンのこの言葉を、「1%の閃きが無ければ、99%の努力も無駄に終わる」ととらえるか、常人が成し得ない革命的な発明も、99%は汗を流しながらの地道な努力の積み重ねによるものであり、「努力がなければ、どんなに閃きが優れていても発明はあり得ない」と理解するかは、天才とか独創とか発明に対する人それぞれの見方によります。

発明発見による技術革新の積み重ねによって、近代科学技術と産業を発展させた欧米諸国に対し、遅れて近代の仲間入りを果たした日本とを比較しようとして、今日は下のようなグラフを用意しました。「カイゼン」の説明に良く使われるグラフです。

どちらも分かりやすいように、単純化し、概念的なものにすぎませんが、グリーンの折れ線が西洋の産業における生産性向上のあり方を、ピンクが日本の改善の積み重ねによる生産性の向上を示します↓ 


フランスの田舎暮らし-カイゼン

発明発見による根本的な技術革新は、その時点は急激な生産性の向上をもたらすけれども、常時改善を進めないかぎり、停滞状態が長い。

これに対し、「カイゼン」は、身の回りの設備など技術革新と呼べるほど大きな改革ではないが、多数の人が恒常的に取り組むことにより、積み重なって、技術革新ばかりに頼って来た西洋を、ある日追い越した。それが1980年代ではなかったかと思うんです。

  (つづく)

ペタしてね 読者登録してね