アイテ・ムホクはノルマンデイーの冬を三度経験したが、その暗く冷たい空を恨めしく思うことがあった。週末に妻や仲間と連れ立って海岸通りや砂浜を散歩する時も、その無彩色の水や空や地をなんとも寂しい思いで眺めるのが常だった。吹きすさぶ風に波頭を吹きちぎられ白くささくれ立った沖に垂れこめた雲間から数条の光芒が射し込んで海面を照らす光景も初めはめずらしく息を呑んで見とれたものだが、近頃は研いだ軟鉄のような光の弱々しさばかりが気になった。
北アフリカの故郷で暮らしていた頃は、アラブの男たちのように暇さえあれば道端にしゃがみ込み日の暮れるまで他愛ないお喋りでうつつを抜かすことはせず、夏も冬も屋内で過ごすことが多かった。ムホクも家族たちも地肌は白くその眼は青かった。
五月になれば北フランスも陽差しは強くなり、窓も明るむ。白い石灰壁がぎらつくほどに強烈な北アフリカの陽光と違い、温和で人間的な肌合いの色彩が外界に溢れ、心地よい季節が十月まで続く。
ムホクは三年前に身の危険を感じ故郷を捨ててフランスに亡命した。毎日のようにテレビで報道されるアルジェリアの状況は日に日に悪化し、目を覆うばかりだった。先週モスタガネムの子供の祭りに爆弾が仕掛けられ十歳に満たない子供が四人死に、数十人が負傷した。昨日はアルジェの目抜き通りで車が爆発し数十人もの死者を出した。今日、山岳部にほど近いブリダの街の近くの小村が襲われ女子供を含めた住民全員が虐殺された。アルジェでも年頃の娘たちが拉致され強姦され喉を掻っ切られて殺されるという暗澹たる事件が相次いでいる。
選挙で圧勝したイスラム原理派を軍が弾圧してからは、FIS(イスラム救済戦線)の内部にGIAと呼ばれる武装過激グループが生まれ、外国人エンジニアや西洋的自由主義を標榜するインテリやジャーナリスト、芸能人たちを報復に狙った。ムホクも友人にRAIの歌手を沢山持っていたが、愛と自由を歌うこの大衆的な歌の人気にGIAはテロを仕掛けてきた。歌手やミュジシャンたちの処刑リストがモスクで回覧され始めた。ムホクもそのリストに載っていた。逃げられるうちに逃げたほうが良い。逃げるしかないとGIAの狂暴さを知っている友人は一致して亡命を薦めた。
(つづく)


